『幻想と怪奇 14 ロンドン怪奇小説傑作選』読

『幻想と怪奇 14 ロンドン怪奇小説傑作選』(牧原勝志編 新紀元社 2023/11月刊) 読。

http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-2117-1/

装画 ひらいたかこ  装丁 YOUCHAN

新版『幻想と怪奇』シリーズ開始から旧版を超える13巻(他に別冊2巻)を経て今号より新機軸。「『幻想と怪奇』をより自由でより柔軟な想像力の場にするために」(巻末「not exactly editor」より)一段と多彩な企画を推進していく由、その第一弾として都市空間ロンドンの怪奇幻想を特集。

●巻頭「ロンドン怪奇小説地図」──古今名作群の舞台をロンドン地図で紹介するカラー口絵。
●H・R・ウェイクフィールド「アッシュ氏の画室(アトリエ)」(1932)──バッキンガム宮殿に近いロンドン最中心部の怪。謎の蛾群。
レティスガルブレイス「失踪したモデル」(1893)──王立芸術院に絡む絵画幽霊譚。
●シャーロット・リデル「ヴォクソール・ウォークの古い家」(1882)──ヴィクトリア朝貧民街の恐怖。
H・G・ウェルズ「白い塀の緑の扉」(1906)──大都市に潜む異界への扉口。
グレアム・グリーン「館内は無人」(1947)──映画館の奇譚。巨匠のショートショート
●ミュリエル・スパーク「名高き詩人の家」(1966)──駅に纏わる奇妙な話。不条理譚。
●トマス・バーク「街外れの奇跡」(1935)──不思議な力を持つ老人。皮肉な幕切れ。
●ロバート・エイクマン「哀れなる友」(1966)──国会議事堂を舞台とする珍しい政治怪談。力作中篇。
●J・D・ベレスフォード「霧の無人駅」(1918)──駅・霧・別世界を描く掌篇。
井上雅彦「緑の聖地」──異形のロンドン・ツアー。個人的注目は幽霊屋敷バークリー・スクエア50番地への言及。
●織守(おりがみ)きょうや「同居人」──実話風ハウスシェア奇談。作者はロンドン生まれの由。
●朝宮運河「乱反射するイメージ──日本におけるロンドン怪奇幻想文学の系譜」──漱石「倫敦塔」に始まり 青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス』シリーズにまで至る和製倫敦幻想の潮流概観。

以上 1世紀近いスパンでの多様な切り口のロンドン物語群集成は壮観。新触発の源泉と期待。

特集外では──西聖(さとし)と粕谷知世の創作/朝松健の連作小説(今回より毎号)/斜線堂有紀の映画評(今回より毎号)/木犀あこの短篇小説評(新連載)/日向空海(うつみ)の評論/他 書評&情報欄も充実。個人的にはとくに粕谷作大正幻視譚に瞠目。


※今年刊行の弊ブログ子編『ロンドン幽霊譚傑作集』(創元推理文庫)は期せずして今号と同テーマ(但しヴィクトリア朝限定) 上記バークリー・スクエア50番地舞台作も収録。共々に請フ御贔屓!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.

『ロンドン幽霊譚傑作集』発売!(※追記訂正ご報告あり)

ウィルキー・コリンズ/イーディス・ネズビット他『ロンドン幽霊譚傑作集』(創元推理文庫)2月末発売! 請フ御贔屓!

【※重要】本書編者あとがき及び収録各作扉裏ページでの作者/作品紹介中に以下の誤情報記載がありましたので 弊ブログにてご報告しますと共に 読者の皆様並びに関係各位に陳謝申しあげます。

本書では収録13篇中12篇が本邦初訳と銘打っていますが、当該作のうちダイナ・マリア・クレイク「C─ストリートの旅籠」がダイナ・マロック「窓をたたく音」として松岡光治編訳『ヴィクトリア朝幽霊物語 短編集』(アティーナ・プレス)に訳出収録されていました(現在編訳者によりネット上にて無料公開中)。

また本書では6作家(共作2作家含む)を本邦初紹介作家と謳っていますが、上述のダイナ・マリア・クレイクは明治期から複数の長篇小説が翻訳されており、尚且つ近年でも上記「窓をたたく音」の他に、短篇「旅のマント」が青土社〈妖精文庫〉シリーズ第4巻『旅のマント』に訳出収録されています。
もう1組、「令嬢キティー」を共作したウォルター・ベサント&ジェイムズ・ライスにつきましては、短篇「ルークラフト氏の事件」がピーター・ヘイニング編『ディナーで殺人を』(創元推理文庫)に訳出収録されており、またベサント単独による長篇小説 Armorel of Lyonesse(1890)が大正期に黒岩涙香訳『島の娘』と題して刊行され、且つまた同翻訳の縮約版を渡辺温が補筆した中篇「島の娘」が渡辺温作品集『アンドロギュノスの裔(ちすじ)』(創元推理文庫)に収録され 並びに同人出版による単行本『島の娘』(東都我刊我書房)として復刊されています。

以上により、本邦初訳作12篇としたのは誤りで11篇が正しく、また初紹介作家は6人ではなく3人が正しい、ということになります。ひとえに編訳者夏来の調査不足と不行き届きを原因とする誤情報でしたので、重ねてお詫び申しあげます。

※追記: 本書カバー袖に列記しました作者名につきましても、下記の通り2点誤記がございましたので併せてご報告しお詫び申しあげます。

エドワード・メイジー → 正 エドワード・マーシー

誤 ウォルター・ビーサント → 正 ウォルター・ベサント

 

※追記(2024.4.5) 読者の方からのご教示により 本書において本邦初訳としながら既訳の存在した作品がもう1篇あることが判りましたので、追記にてご報告申します。メアリ・ルイ―ズ・モールズワース作「揺らめく裳裾」は J.ジョイス、W.B.イェイツほか『妖精・幽霊短編小説集 『ダブリナーズ』と異界の住人たち』(下楠昌哉編訳 平凡社ライブラリー 2023/7月刊)に メアリー・ルイ―ズ・モールズワース「さざめくドレスの物語」として訳出収録されていました。遅延し恐縮ですが 重ねてお詫び申しあげます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.

 

 

『幻想と怪奇 13 H・P・ラヴクラフトと友人たち』

『幻想と怪奇 13 H・P・ラヴクラフトと友人たち』(牧原勝志編 新紀元社 2013/3月刊)

http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-2078-5/

装画 ひらいたかこ 装丁 YOUCHAN

旧『幻想と怪奇』誌(三崎書房/歳月社1973~74)の全12号をついに超えて13号の刊行成った新編『幻想と怪奇』。今号は満を持しての初特集となるラヴクラフトアーカム・ハウスをテーマとし かの特殊書肆の意義を実作品群によって掘り下げている点が特筆。ラヴクラフトおよび親しい友人作家たち/歿後HPL書を刊行し作家としても後継したダーレスとワンドレイ/その流れを現代にまで書き継いだ作家たち/影響下にある日本作家代表格たち──の万全構成。

H・P・ラヴクラフト 断章二題「魔の書」「月下に佇むもの」……アーカム・ハウスによってこそ日の目を見得たHPLの文字通りの断章作品。短くも異世界描写と妖異の怪奇性は教祖的片鱗如実。新訳担当は『吸血鬼ラスヴァン』『英国クリスマス幽霊譚傑作集』で共編共訳を仰いだ平戸懐古氏。
ヘンリー・S・ホワイトヘッド「成らず神」……西インド諸島を舞台とする個性発揮の医学ホラー。
クラーク・アシュトン・スミス「死者たちの惑星」……異才躍如の絢爛天文幻想記。
フランク・ベルナップ・ロング……「闇に潜むもの」……魔女伝説の地セイレム舞台のユーモア篇。
オーガスト・ダーレス「川風の吹くとき」……濃厚怪奇のサスペンス幽霊譚。「ラヴィニア」の名にはニヤリ。
オーガスト・ダーレス「鏡の中の影」……3人姉弟と亡伯母のグロテスクな愛憎劇。
ドナルド・ワンドレイ「塗りつぶされた鏡」……鏡とアイデンティティを巡る幻視。
ドナルド・ワンドレイ「赤い脳髄」……16歳(!)若書きの遠未来宇宙SF。G・イーガン思わす難解世界。
ロバート・ブロック「斧の館」……セミコメディタッチの見世物幽霊屋敷録。名調子訳文(植草昌実)。
ジョセフ・ペイン・ブレナン「チルトン城の恐怖」……ゴシック風城館の奥に潜む怪異は凄絶の極み!
ベイジル・コッパー「洞窟」……アーカム・ハウスに関係した英国作家の一角による洞窟怪奇。
ラムジー・キャンベル「深淵」……同じく英国の現役重鎮。小説家を蝕む現代的恐怖と狂気。
黒史郎琥珀色の海」……気鋭によるHPL&MYTHOSへの濃密オマージュ。
井上雅彦「ルルの楽園」……自家薬籠の懐旧美溢れるアミューズメントパークMYTHOS。
朝松健「黒い森のリア」(連作《ベルリン警察怪異録》第3話)……南ドイツ舞台の儀式殺人/魔術ホラーミステリー。作者は邦版アーカム・ハウス叢書元編集者であり本特集にも因み。
荒俣宏ラヴクラフトとかれの昏い友愛団──内面像としてのラヴクラフトが、なぜぼくたち日常世界の住人に開かれているのか──」……旧『幻想と怪奇4 ラヴクラフトCTHULHU神話特集』(1973)掲載の先駆者による熱量無比な評論再録。
アーカム・ハウス書影集」/「アーカム・ハウス刊行物一覧」……共に本誌編集室による労作。

総じてCTHULHU MYTHOSのみならずアーカム・ハウス全容のスケールと深度を感得できる充実度感嘆。創業85年にならんとする英傑版元に新たな注目あれかし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.

A・ブラックウッド他『迷いの谷 平井呈一怪談翻訳集成』

A・ブラックウッド他『迷いの谷 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫 5/31刊)読。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488585099

『幽霊島』(A・ブラックウッド他) ↓ …

https://neunumanumenu.hatenablog.com/entry/2019/09/26/225511

…並びに『恐怖』(アーサー・マッケン傑作選)に続く藤原編集室編纂による平井呈一翻訳怪談シリーズ最新刊。

アーサー・マッケンと共に「英国怪奇の三羽烏」と平井が称揚したM・R・ジェイムズ2篇とブラックウッド6篇 + ラフカディオ・ハーン怪奇文学講義2種の訳出 更に付録としてエッセイ・あとがき類7篇 を加えた構成。
M・R・ジェイムズ「消えた心臓」「マグナス伯爵」は平井を師と敬愛する南條竹則の訳による『消えた心臓/マグヌス伯爵』(光文社古典新訳文庫)の中心収録作と敢えて重なる重要作2篇で 根源的怪異剔抉への作家の執念を示す。ブラックウッド「人形」「部屋の主」「猫町」「片袖」「約束」「迷いの谷」は『世界恐怖小説全集』(東京創元社1958~59)第2巻版『幽霊島』収録作のうち文庫版『幽霊島』未収録分とのこと。いずれもジェイムズとは微妙に異なり乍ら根源的怪異への飽くなき憧憬は相通じ とくに中篇「迷いの谷」での畏怖すべき大自然への沈潜は作者の面目最躍如。また「猫町」は別邦題「いにしえの魔術」「古えの魔術」「古代の魔法」等多種の他訳があり ナイトランド叢書版『いにしえの魔術』で弊ブログ子訳も末席を汚す 妖怪博士/心霊博士ジョン・サイレンス物の代表作で(平井版では心霊学博士) 本書解題によれば 同作との関連を噂される萩原朔太郎猫町」及びその点に言及した江戸川乱歩猫町」へのオマージュとしてのタイトルと推測される由。斯くて平井の所謂「三羽烏」マッケン/ブラックウッド/ジェイムズが米国の根源的怪異派H・P・ラヴクラフトに決定的影響を与えたことを本シリーズでの一連の実作により改めて実感。「これにアメリカのH・P・ラヴクラフトを一枚加えて、この四人を私は近世怪奇小説の四天王と考えている。」(平井自身によるブラックウッド解説より)の一文からしても 若し平井訳ラヴクラフト成りせばとの夢想避け難し。
初期翻訳のA・E・コッパード「シルヴァ・サーカス」は平井26歳時での翻訳料初取得作。西崎憲訳『郵便局と蛇』(ちくま文庫)所収「銀のサーカス」で既読だが 平井訳は滑稽味誇張で早くも特性発現。同じくE・T・A・ホフマン「古城物語」は他訳では「世襲領」等の邦題が付される集中最長の中篇で 後年平井の代表訳となるH・ウォルポール『オトラント城綺譚』(『おとらんと城綺譚』)を彷彿させる重厚ゴシック譚。
ラフカディオ・ハーン怪奇文学講義での個人的最注目点は「英語で書かれたゴースト・ストーリーの最高の傑作は(中略)ブルワー・リットンの"The Haunted and the Haunters"(「幽霊屋敷」)であり」(=「モンク・ルイスと恐怖怪奇派」より)の一文で ハーンに私淑するのみならず「幽霊屋敷」を実際に訳している(創元推理文庫怪奇小説傑作集1』所収)平井自身の思いとも読める。ハーンは「小説における超自然の価値」でもリットン「幽霊屋敷」を精細に分析しており 同作のモデルの一端となったロンドンに実在する有名な建物に絡む企画を予定中の弊ブログ子には大いに刺激的。
付録エッセー類では とくに推理小説を苦手としていることを繰り返す平井の吐露が微笑ましいが 個人的には訳者名を意識しない頃E・クイーン『Yの悲劇』を平井訳講談社文庫版で初読し好印象の記憶。
垂野創一郎による巻末解説「われわれ自身が一個のghostである」(このタイトルはハーン「小説における超自然の価値」からの引用)は「平井の翻訳には、東西の文化差に拘泥する気配があまり見られない。」として 平井とハーンの共感性から「三羽烏」との連関にまで及んで示唆的。

本書御恵送を手配くださった藤原編集室に深謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.

 

 

ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』

ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』(日暮雅通 訳 ハヤカワ文庫FT 2022/8月刊)読。

hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000

19世紀末~20世紀序盤にかけて英国の大衆小説家サー・アーサー・コナン・ドイルによって多数発表された名探偵シャーロック・ホームズ譚は 世界初の諮問探偵(コンサルティング・ディテクティヴ=警察からも依頼される私立探偵)を主人公とするミステリーシリーズとして歴史的一大潮流を生み出して 後年の同分野に多大な影響を与えると同時に 今日ではオマージュ/パスティーシュ/パロディの類も世界中で書かれているに相違ない(その流れには当然乍らシャーロック・ホームズの名前とキャラクターがパブリック・ドメインとなって久しいことが寄与していよう)。
本作はそんなホームズに対するパスティーシュ・テーマをCthulhu Mythos(ドイルのホームズ譚創作期とほぼ同時代に活躍した米国のカルト的パルプ雑誌系作家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの作品群を基調とする特異な怪奇小説サブジャンル=クトゥルーorクトゥルフ神話)に設定した異色の長篇小説シリーズ第1作の由──ここで〈異色〉と言うのは ホームズとCthulhu神話とを絡めたパスティーシュは意外にもそう多くない模様だからであり(少なくとも商業的に成功した長篇の作例としては) そうした貴重作が本邦ホームズ譚翻訳の第一人者 日暮氏(光文社文庫で個人全訳あり)によってこの時期に訳出されたのはまことに快事。

物語はロンドンのシャドウェル(意味ありげな地名だが実在する街区の由)での奇怪な連続変死事件を巡るホームズの捜査を端緒として ライムハウス(旧時代のチャイナタウン)に蠢く悪の巣窟と その背後の更なる巨悪による驚愕の異次元的陰謀にまで展開が広がっていく……
……という粗筋紹介はこの程度にとどめ 以下では本書で採用されているユニークな試みの諸点を挙げてみたい。

まず巻頭「はじめに」での驚きの告白として 作者ジェイムズ・ラヴグローヴ自身が何とH・P・ラヴクラフトの縁者と判明したとされていること!……事実か否かは別にして〈み〉の効果は大と言わざるを得ず。
また小説の構造としては 作者のHPL血脈を明かした某人物が ドイル作ホームズ譚の語り手だったジョン・ワトスン博士による長文の未発表陳述を作者に託する という体裁になっている点が大きい。この〈未発表〉というところが肝心で つまり過去にワトスン博士が語ってきたホームズ譚(=所謂〈正典〉)の全てが根底から覆されるかもしれないとあらかじめ示唆していると読めなくもない──事実 ワトスンは陳述の序盤で「(正典において)ホームズと私は二人で結託して、読者を誤認に導く壮大なミスディレクションを図った」とカミングアウトしている!
例えばワトスンは陳述の中でホームズとの出会いの経緯についても語るが それはドイル作の正典第1長篇『緋色の研究』の冒頭で紹介されている出会いとは大きく異なっており そちらが実はワトスンによるミスディレクションの一端だったと言えるのかも!?……が それはほんの序の口にすぎず 後半には更なる衝撃度の〈覆し〉が開陳されることに……
また登場人物は正典でのロンドン警視庁警部グレグスン(メイン警部レストレードのライバル)を始め 嘗てワトスンの医師面での助手だったスタンフォード(『緋色の研究』に登場する人物だが 名前がヴァレンタインであることが本作で初めて明かされる) 更にはホームズの兄マイクロフトも重要な役割を担い 終盤では高名な某○○まで顔を見せ……等々サービスに富み ファン(シャーロキアン)心理に訴えるのは必定。

一方でCthulhu神話との関連でも注目すべき点多々あり まずホームズが中盤でランドルフ・カーター(=HPL作の主要シリーズキャラ)張りに〈夢の探求(ドリーム・クエスト)〉を実践するのが驚き!
またワトスンも負けてはおらず ホームズと知り合う前のアフガニスタン戦争従軍時に本作の予兆となる出来事に既に遭遇していたことが明かされる──同地の地下に眠る謎の古代都市で恐るべき危機に瀕していた!
そんな2人がついには大英博物館の秘密めいた〈封印書籍部〉に赴き『ネクロノミコン』を始めとするCthulhu神話由縁の数々の魔道典籍を繙くことになり……

というわけで最後まで予断を許さない面白さで 帯での北原尚彦氏の推薦の辞に違わず シャーロキアンラヴクラフティアンも楽しめること請け合い。個人的には ホームズ譚はラヴクラフト系怪奇譚と実は相性がよい(とくに長篇版正典の冒険orスリラー小説的雰囲気の濃さからしても)と思ってきたが それが本作で実証されたのも好結果。且つまた 双方(or一方)の分野について予備情報を持たない読者をも充分に惹き込みうる力を具えているとも思われる。

更に言えば 昨年(2022)は大島清昭『赤虫村の怪談』(東京創元社)も世に出ており 内外でのCthulhuミステリーの収穫が同じ年に並んだことになり ここに来て楽しみな流れが再生されつつある予感。本シリーズの残る2作の刊行も大いに期待される。

 

 

 

 

……因みに 期待されると言えば……

 

 

 

 

実は日暮雅通氏と共同(分担)でホームズ+Cthulhuパスティーシュ作品の書き下ろしアンソロジー Shadows Over Baker Street を訳出中で 東京創元社より刊行の予定。──ただ諸般の事情により進行が当初想定より大幅に遅れてはいるが 両訳者とも既に半数以上訳了済みで(其々10作前後ずつ担当) あとは時間の問題と予想。刊行の暁には2分冊となる見込み(単行本or文庫は未定)。
このたびのラヴグローブ作品とは違って短篇集だが 収録作にはヒューゴー賞を受賞して既に名作と謳われ 日暮氏訳で『SFマガジン』2005/5月号に掲載されたニール・ゲイマン作「エメラルド色の習作」(「翠色の習作」とした他訳もあり)も含まれ 他も粒揃いで文字どおりの傑作集であり 同趣向の成功書としてはこの『シャドウェル』に先立つものとして 手前味噌乍ら期待大。本邦での刊行時期に関する限りは先を越されはしたが シャドウ繋がり(?)で肖れる可能性ができ寧ろ慶賀。是非に請ふ御贔屓!

Shadows Over Baker Street(2003)

マイケル・リーヴズ/ジョン・ペラン(Michael Reaves/John Pelan)編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.

河内実加『ツイノヒ』(クラララバード シリーズ4)

河内実加さん作《クラララバード》シリーズ長篇4作目(通算5冊目)『ツイノヒ』(2022.12.30 ものぐさ堂 刊)拝読。

↓ 同シリーズ過去作『らんぷ』『降る降るキャンディ』『迷うテンシ  キミのはね』+短篇集『ねむいねむい時』。

河内実加『らんぷ Clararabird』 

河内実加『降る降るキャンディ Clararabird 2』 

河内実加『Clararabird3 迷うテンシ キミのはね』

河内実加『ねむいねむい時』

生き物たちのあちら(生)とこちら(死)を虹で繋ぎ 大切な人の到来を待つ街クラララバードでの数々の逸話 最新刊がこの度の『ツイノヒ』。前巻『迷うテンシ…』のラストでの断片エピソードからの続きで 虹を自由に行き来できる謎の好青年「ツイノヒ」再登場。「ネーロ」(狂言廻し的役どころの猫=過去生では犬)以外は主人公「ぽちこ」含めツイノヒのことを知っているようだが 未だ完全には判然とせず。が初め懐疑的だったネーロもツイノヒの魅力は認めざるを得ない模様。眠れず悩んでいるぽちこに様々な眠りの草花を採ってきてやるツイノヒ(この世界では夢を見ないと大切な人との再会に支障があるらしい)。喋れない鼠ROや可愛い双子女子アブトゥー&アネット等ユニークなキャラも登場。お茶もお菓子も料理も作れる最強の夢見ハーブ=ヒツジナ今回も効能発揮。

ぽちこはようやく眠れるが……果たして幸せは訪れるのか? ネーロは?……ツイノヒとの絡みで次回は愈々混沌の展開?……

 

同シリーズ こちら ↓ で全巻販売中の由(※1巻目『らんぷ』売切の模様)

ものぐさ堂 - BOOTH

※『らんぷ』のみ ここ ↓ で閲覧可。

らんぷ ClararaBird - 河内 実加  マンガ図書館Z

 

 

ところで前巻『迷うテンシ  キミのはね』の巻頭で作者不詳の英語詩 Rainbow Bridge が紹介され 原詩と共に邦訳も載せられており(訳者 鳥飼惇氏は作者夫君の由) 検索するとペットロスに悩む人々に希望を与える詩として世界的に知られている作とのこと ↓

https://www.rainbowsbridge.com/poem.htm

同種の伝承の紹介はネット上にも数多くあるようなので(絵本を描いている例も) 同じこの詩に曲が付けられたりはしていないものかとYoutubeを探してみると……

唄われている歌詞は(非常に聴きとりにくいが)どうやら違っているような気がするが 画面に流されている英語詩はまさに『迷うテンシ…』で紹介されている詩と同一。折角の美しい曲なので画面と同じこの歌詞で唄ってくれたらよいのにと……

 

 

河内さんありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.

ロバート・バー『ヴァルモンの功績』

ロバート・バー『ヴァルモンの功績』(田中鼎 訳 創元推理文庫 2020/11月発売) 読。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488155056

20世紀初頭英国で作家ロバート・バーが創出したウジューヌ・ヴァルモン探偵譚8篇+シャーロック・ホームズ・バロディ2篇から成る傑作集。ヴァルモン譚は名探偵ミステリー愛好者の間では古くから有名な伝説的シリーズのようで 訳者あとがきによればエラリー・クイーン江戸川乱歩が激賞絶賛し 日暮雅通氏の解説によれば夏目漱石も読んでいたに相違なしと夙に言われている由(後述)。平山雄一氏訳『ウジューヌ・ヴァルモンの勝利』(国書刊行会2010)が既にあり 当創元版は〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉の1巻とされている。以下各作。

 

「〈ダイヤの頸飾り〉事件」・・・フランス警察刑事局長ヴァルモンが馘首される契機となった宝物盗難事件の顛末。巻頭作からいきなり主人公の失敗譚だが そこをさらに覆す皮肉な最終局が効果的。
「爆弾の運命」・・・英国に渡って私立探偵となったヴァルモンがテロ組織潜入捜査。解説によれば史実のヴィクトリア女王暗殺計画を意識している由。
「手掛かりは銀の匙」・・・現金盗難事件が意外な方向へ。〈銀の匙〉とは何か?
「チゼルリッグ卿の遺産」・・・莫大な遺産はどこに隠されたか? 外連味ある真相が面白し。
「放心家組合」・・・大胆にして巧妙な詐欺事件。〈放心家組合〉なる奇妙な語の意味とは? 夏目漱石吾輩は猫である』に借用されているとのことで同作の当該箇所確認。解説によればその件の発見については知る人ぞ知る昭和ミステリー作家 狩久がある役割を果たしているそうで吃驚。
「内反足の幽霊」・・・ゴシック的な城と幽霊と殺人事件。集中一番ミステリーらしい雰囲気と展開で 個人的最好感作。
「ワイオミング・エドの釈放」・・・アメリカで逮捕された貴族の子息解放の依頼を受けたヴァルモン。人を食った結末の可笑しさ。
「レディ・アリシアのエメラルド」・・・宝石盗難事件を巡るヴァルモンと魅惑の淑女とのある意味での対決。これまた笑みを誘う皮肉な幕切れ。
「シャーロー・コームズの冒険」・・・ホームズ・パロディ。名探偵コームズが助手ホワットスンと列車内殺人事件に挑む。本家顔負けの名推理…の果てや如何に?
「第二の分け前」・・・こちらもホームズ・パロディだがコームズではなく何と本家ホームズとその作者コナン・ドイルが登場し驚きの展開! 解説によれば作者バーはドイルの友人で そうでなければ2作共許されまじの挑発的書きぶり。

 

アガサ・クリスティー作のエルキュール・ポアロに先立つ英国初の外国人名探偵で 且つその尊大ぶりがポアロの原型とも目されると言うヴァルモンだが 腕利きにして名推理家にも拘わらず運命の悪戯か完勝は少なく(書名『功績Triumph』からしてアイロニカル) その点が全篇横溢の諧謔趣味と連関し 巻末のホームズ・パロディのみならずメインのこれらヴァルモン譚自体が世の名探偵譚への痛烈な風刺となっている点がユニークで おそらく最大の読みどころでもある。

その一方で 本書で何よりも驚かされるのは訳者 田中鼎(たなか かなえ)氏の訳文の凝り様で 前述の漱石との関連を飛躍的なまでに発展させて漱石その人を思わせる文体を敢えて採用し しかもさらに泉鏡花や柴田天馬訳版『聊斎志異』の文調も加味したとのことで驚き一入。作者バーの深甚な古典教養と原文の独特な晦渋さを活かすための試みであり 訳者あとがきからは大変な苦労苦慮が偲ばれる。またそれは訳者自身の広範な素養と特段の遊び心あってのことでもあり 偏えに感心あるのみ。訳文には一見しただけでは意味の判然としない難解な熟語等が頻出し 巻末には抜粋的乍ら「ヴァルモン国語辞典」なる特殊語解説まで付されているが 実はそれも稚気の域であり 読者には意味の正確な理解よりも寧ろ字面や語感の雰囲気を楽しんでもらえれば佳しと断わっている点も心憎い。

個人的にはそうした挑戦的訳文の面白さに目を奪われ過ぎた嫌いはあるが(当シリーズのミステリー史面での意義等に疎い故でもあり)それもまた本書刊行の効果に浴した一読者になれたことの表われとは言えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.