N・シュート『渚にて』9刷

ネヴィル・シュート『渚にて 人類最後の日』新訳版(創元SF文庫 2009年初刊) 9刷出来。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488616038

第三次世界大戦が勃発、放射能に覆われた北半球の諸国は次々と死滅していった。かろうじて生き残った合衆国原潜〈スコーピオン〉は汚染帯を避けオーストラリアに退避してきた。ここはまだ無事だった。だが放射性物質は確実に南下している。そんななか合衆国から断片的なモールス信号が届く。生存者がいるのだろうか? 一縷の望みを胸に〈スコーピオン〉は出航する。迫真の名作。/解説=鏡明

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*映画『渚にて』(1959年/スタンリイ・クレイマー監督)原作
*テレビ映画『エンド・オブ・ザ・ワールド』(2002年/ラッセル・マルケイ監督)原作

 

渚にて【新版】 人類最後の日 (創元SF文庫)
 
渚にて 人類最後の日 (創元SF文庫)
 

 

 

 

この時期この本に限り喜んでいいか複雑な気も…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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稲羽白菟『仮名手本殺人事件』

稲羽白菟『仮名手本殺人事件』(原書房ミステリー・リーグ 2020/2月刊)読。

http://www.harashobo.co.jp/book/b497777.html

【 歌舞伎「忠臣蔵」の上演中、衆人環視の舞台上で絶命した役者。さらに客席にも男の死体が発見される。いずれも毒殺だという。不可能状況と現場に置かれた「かるた」。役者一家の錯綜する素顔が過去の因縁を呼び寄せる。書き下ろし長編。

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https://twitter.com/nuenumanumenu/status/1234287655308779520

第9回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞準優秀作『合邦の密室』に続く劇評家探偵 海神惣右介(わだつみそうすけ)シリーズ長篇第2作(短篇では競作集『三毛猫ホームズと七匹の仲間たち』収録作「五段目の猪」あり)。
『合邦…』は瀬戸内海の小島を舞台にした文楽の世界テーマの本格ミステリーだったが 今作では古典芸能の中心とも言える歌舞伎の世界のさらにその中心である歌舞伎座で起こった連続殺人が題材。
タイトルの〈仮名手本(かなでほん)〉とは史実上の赤穂義士討入事件を素材に時代・人物名を変えて虚構化した江戸期以来の重要演目『仮名手本忠臣蔵』であり それが本篇ストーリーにどう絡むかが最大の読みどころ。序盤から70ページ過ぎまで舞台上で演じられる『忠臣蔵』の筋の一部が延々台詞とト書きで進行し その過程で演者が殺害される第1の事件発生。まさに衆人環視状況 且つ上演最中とあってこれ以上ない外連味。が状況設定としてのみ歌舞伎が使われているわけではなく『忠臣蔵』物語の深奥に潜む秘密が終盤の真相解明に至って殷々と響いてくる点が最眼目となる。世襲神聖視の特殊世界に生きる人々の血と恩讐と愛憎の綾が歴史の彼方にまで及ぶところが凄絶にして深遠。
と同時に所謂梨園の華やかさもリアル表現。主要人物陣をなす芳岡一族は架空の家柄乍ら歌舞伎界のみならず映画界や舞踊界や新派演劇等でも活躍している設定で しかも序盤の『忠臣蔵』興行では実在の名優 中村勘三郎(故十八代目と思しい)や尾上菊五郎(現七代目と思しい)も登場し華を添える。歌舞伎座の座席表(但し改築前の)まであり 未体験者にも臨場感(&手がかりともなる)。
他の趣向としては 中盤過ぎにある人物による「當浮世(とうせい)四谷怪談」なる作中作小説?が挿まれ かの有名怪談が如何に関わってくるかも妙味。また〈仮名手本〉の語は元来いろは歌を意味し(47文字→四十七士)その点も事件に一筋絡む(『忠臣蔵殺人事件』でなく敢えて『仮名手本殺人事件』なのはこのゆえかも?)。
パズラーとしては真犯人の意外性が大きく 目星をつけていた方向性から見事騙され。名探偵 海神惣右介は今回も奇矯や衒学に走らない好漢で 土御門刑事ならずとも?読者も安心して捜査を任せられる。
スケール感&悲劇性&それらを支える説得力いずれも秀抜で 第1作超える傑作。 

仮名手本殺人事件 (ミステリー・リーグ)

仮名手本殺人事件 (ミステリー・リーグ)

  • 作者:稲羽 白菟
  • 発売日: 2020/02/22
  • メディア: 単行本
 

 


因みに本作での歌舞伎座は解体新築される直前期で(それが滅びと再生を象徴するようでもある)── 検索すると現実世界の歌舞伎座は2010年に最終公演が催されたのち旧建物が取り壊され 2013年に建て替え完了して現状になった由で 作中では明示されていないがこのお話も2010年の出来事と思われる。してみると第1作『合邦の密室』はそれ以前の事件になるわけで 両作共そこはかとなくレトロ感を漂わす(現在の先端時流をあまり追わない等)のはそんな理由もあったのでは?──
──などと穿つのは実は野暮で フィクションである以上歌舞伎座勘三郎菊五郎も全て空想上のものとして愉しめばそれでいいのかもしれない…

 

 

 

 

 

 


余談 : 個人的には新旧問わず歌舞伎座を訪れたことはなく 歌舞伎自体も新潟在住時に九代目松本幸四郎&七代目市川染五郎(=現 二代目松本白鸚&十代目松本幸四郎)父子による『勧進帳』巡演を一度観た(但しサワリのみ&解説付き)に留まり 当然乍ら『仮名手本忠臣蔵』は観劇経験がないが ただ子供の頃大河ドラマ第2作『赤穂浪士』(1964)に何故か惹かれ視ていた(と言い乍ら細かい記憶は殆ど脱落)のが契機となって その後は忠臣蔵系大河(『元禄太平記』『峠の群像』『元禄繚乱』)や『大忠臣蔵』(1971)等民放系までかなり熱心に視て各作の相違比較を好み 近年の上京以降は旧作映画も幾つか劇場観覧(『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』松竹版&東映版『槍一筋日本晴れ』『元禄忠臣蔵』等)。

未見の歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』は大星由良之助等人物名が史実と異なるとの仄聞のみだが 今回の『仮名手本殺人事件』の芝居引用でその一端に触れられ収穫。吉良上野介に相当する高師直については 大河『太平記』(1991)に登場した史実上の同名人物(演 柄本明)の悪役ぶりが強印象。

四谷怪談〉系についても歌舞伎『東海道四谷怪談』が赤穂事件とリンクするらしいと聞き齧り乍らもその面での実見は映画『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(1994)のテレビ放映?視聴のみだが 〈四谷怪談〉一般ではやはり上京後 旧作映画数作観覧(『東海道四谷怪談』『怪談お岩の亡霊』『四谷怪談』等)。

 

 

蛇足 : 大河『赤穂浪士』での子供心の最記憶は 浪人 堀田隼人(演 林与一) その女 お仙(演 淡島千景) 盗賊 蜘蛛の陣十郎(演 宇野重吉)だが 3人共 千坂兵部の間者とは認識せず(大佛次郎の同題原作は今に至るも未読)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『幻想と怪奇』1号 特集 ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會

新季刊誌『幻想と怪奇』1号(編集 パン・トラダクティア 発行 新紀元社 2/21発売)読。

特集《ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會》。http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-1761-7/

装画 ひらいたかこ 題字 原田治

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北原尚彦「序文 ヴィクトリアン・インフィニティ」……ヴィクトリア時代の真摯な解説──と思わせて後半英國流(or北原流)ウィット連発必笑。

藤原ヨウコウ「A Map of Nowhere 01:吸血鬼ドラキュラのウィトビー」……伯爵着英の港市ウィトビーの暗澹風景。毎号特集関連画となる模様。

アーサー・マッケン「失踪クラブ」……巨匠初訳作。現代にも通じる大都会暗部の恐怖。/ リチャード・マーシュ「奇妙な写真」……『黄金虫』(創元推理文庫)作者の写真奇譚。文明利器と心霊の交差。/ ブラム・ストーカー「決闘者」H・G・ウェルズポロックとポロ団の男」……其々別趣向のグロテスク趣味。/ チャールズ・ディケンズ「幽霊屋敷の人々」ウイルキー・コリンズ「食器棚の部屋」……リレー怪談企画発端篇&参加篇。後者のスリリングさ注目。/ J・シェリダン・レ・ファニュ「トム・チャフの見た幻」「ドラムガニョールの白い猫」……怪奇名手による悪夢譚&死神譚。──以上7篇はヴィクトリア期代表作家たちの古典群。

ベロック・ローンズ「下宿人」……同題長篇(未読)に先立つ短篇で結末異なる由。この機にヒッチコック無声映画化作初見(ネット動画)。/ オーガスト・ダーレス「教会墓地の櫟」……レ・ファニュ摸(偽?)作。/ キム・ニューマンジキル博士とハイド氏、その後」……『ドラキュラ紀元』作者による一筋縄ならぬ後日譚。/ リサ・タトル「贖罪物(デオダンド)の奇妙な事件」……オカルト探偵ジャスパー・ジェスパーソン登場。──以上4篇は後年&現代作家のヴィクトリア朝憧憬作。

高野史緒「アイリーンの肖像」……美醜綾成す絵画怪談。/ 井上雅彦「霧先案内人」……タイトルもニヤリとさす都市鬼譚。──共に本邦異形派による英國博覧篇。

木犀あこ「『個』を持つ部屋」……ギルマン「黄色い壁紙」他 異界としての部屋考。/ 三津田信三「レ・ファニュを偏愛す」……顧みられることの少ないレ・ファニュ長篇群からのミステリ考。──共に怪奇実作者による犀利エッセイ。

特集外企画 鼎談:荒俣宏 島村義正 竹上昭(=野村芳夫)「回想の『リトル・ウィアード』」……60年代の先駆的同人誌を当事者3氏が語る。驚愕の先見性と熱気。奇跡的に全冊揃い 今春京都で展示予定の由(東京でもあれかし)。付随の「総目次」は労作。

巻頭「新創刊の辞」(紀田順一郎 荒俣宏)では「時代に迎合する習俗としての恐怖ではなく、新たな創造としての幻想と怪奇」を期待。巻末「第二次『幻想と怪奇』によせて」(牧原勝志)は「生きづらい時代」の「心の支え」としての幻想と怪奇の物語 志向表明。

ヴィクトリア朝特集は 明と暗/華麗と暗鬱が複合し まさに幻想と怪奇の始まりに相応。全作中で敢えて個人的最好作を選ぶとすれば 奇想展開極めるニューマン「ジキル博士とハイド氏、その後」か。

2号(今夏)は特集《人狼伝説》予定。 

幻想と怪奇 1 ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會

幻想と怪奇 1 ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會

  • 発売日: 2020/02/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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菊地秀行『エイリアン邪神宝宮』

菊地秀行『エイリアン邪神宝宮』(創土社クトゥルー・ミュトス・ファイルズ 2019/11月刊) 海野なまこ画伯とのトークに先立ち 読。

http://www.soudosha.jp/Cthulhu/eirian.html

東北の港で姿を消した太宰ゆきが還って来た。同時に世界一のトレジャーハンター八頭大の身辺で怪異が勃発しはじめる。クラブのホステスは奇怪な生物の絵を描き アンドロイド「順子」は手にしたグラスから二体の妖神を噴出させる。偉大なるクトゥルーと宿敵ヨグ=ソトホースを。H・P・ラヴクラフトの手になる「クトウルー神話」が宇宙の命運を賭して牙を剥き出したのだ。菊地秀行「エイリアン」シリーズの世界に はじめてラヴクラフトの邪神たちが降臨する‼ 彼らの宝物とは? 大はそれを手に入れられるのか!?

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CMF叢書初のトレジャーハンターシリーズ作であると同時に 同シリーズ初の全面Cthulhu神話作の由。個人的には旧ソノラマ文庫 初期作を読んで以来。超人的強さ&富裕さを具えたスーパー高校生ヒーロー 八頭大(やがしらだい) &淫乱能天気なスーパーセクシー女子高生 太宰ゆき の名(迷)コンビが繰り広げる壮絶宝探し冒険譚の基本線は健在 且つ時代変化に応じプリントスーツ(=3D兵器内蔵戦闘衣)常備装着等 強力化増大(但し年齢は高校生のままw)。が 何よりの驚異はCthulhu神話面においてH・P・ラヴクラフトの代表作群を徹底援用し まさに大盤振る舞いが図られていること。
太宰ゆきの失踪と捜索を契機として 青森県に存在設定の 中摂津(なかせっつ)市や 須磨院(すまいん)町や 壇市宇(だんいちう)村 等々 日本国内の妖異地群を舞台とするのみならず それらの〈原〉風景である米マサチューセッツ州インスマス/ダンウィッチ等にも飛び さらには狂気山脈や水底都市ルルイエにまで侵入or潜入。対峙する邪神群は クトゥルーナイアルラトホテップ/ヨグ=ソトホース/シュブ=ニグラス/アザトホース/ダゴン&ハイドラetc…とスター級総出演。人間側も米国防情報局員ベンジャミン・ルグラース(「クトゥルーの呼び声」ルグラース警部の孫)や ケイト・ウェイトリー(「ダンウィッチの怪」ウェイトリー家の子孫)等 所縁の人物続々の他 現実を彷彿させるキャラクターの米大統領も登場。邪神群は如何なる目的でゆきを狙うのか その救出渦中で八頭大は如何なる宝物を手に入れんとするか そこにクト対ヨグの覇権争奪戦が如何に絡むのか… 収拾がつかないのではと思えるほどに拡げられた大風呂敷展開の行方に刮目余儀なし。主人公が駆使する超人的武術〈ジルガ〉の神技の数々や ゆきが魅せる悩殺艶姿のオンパレードも見逃せず。必笑は冒頭登場の外谷順子AI。
先般の『美凶神 YIG』完結然り 本叢書における菊地秀行の嘗てないほどの勢いでのCthulhu神話陸続創造は慶賀の至り。 

エイリアン邪神宝宮 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

エイリアン邪神宝宮 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

 

本書帯の〈これが元祖!? 俺TUEEE(ツエ―――)!〉は 近年ライトノベルやネット等で散見される酷似表現のオリジナルが本シリーズである意とのこと。

 

 

 

 

 

 

トーク会にてサインいただくも…思い切り字間違われorz…w…

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海野なまこ『くとぅるふ絵本  クトゥルフの呼び声』/ 刊行記念トーク&サイン会 with 菊地秀行

海野なまこ 絵 / 手仮りりこ 話『くとぅるふ絵本  クトゥルフの呼び声』読。

創土社 予約販売商品

https://twitter.com/akiko_m1/status/1196248400213135360

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《ゆるるふ神話》イラスト&グッズで人気沸騰中の海野なまこ画 +『超訳 ラヴクラフト ライト』シリーズの異才 手仮りりこ筆 による異色絵本シリーズ第1弾。

ストーリーは大筋&要所押さえに簡略化乍らも原作に忠実。但しフランシス・サーストンが遺した手記(一人称)の形をとる原作の叙述法を三人称に変え&語尾をですます調として 解り易さ&童話風強調。

白眉は勿論 海野画伯の挿画(15葉 全カラー)。恐ろしいお話にも拘らず クトゥルフ様のみが(現物&像 共に)全てゆるるふ姿になっているミスマッチ感が愉快痛快! 彫刻家ウィルコックスの美男ぶり/アラート号乗員の不気味さ/さりげなくゲスト出演のHPL&FBロング&CAスミス&Aダーレス&ダゴン&ミ=ゴ(※以上裏表紙にも ↓ )&ニャル&ショゴスも注目。 

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読後 海野画伯vs菊地秀行氏による刊行記念トーク&サイン会(2/15書泉ブックタワー)潜入。満席盛会。

http://www.soudosha.jp/Cthulhu/ehon.html

海野画伯 若さに拘らず弁舌闊達 菊地氏とも終始万全噛み合い。学生時代TRPGから神話に嵌まって以後の経緯や HPL怪美造形への驚異告白 等々充実。菊地氏もHPLは視覚の作家と同意 & Aダーレスの功績評価でも両氏一致。

↓ 壇上でのゆるるふソフビと画伯/『絵本』&『めっちゃ雑』絶賛する菊地氏。(撮可)

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画伯 HPLで最愛作は「宇宙からの色」(=「異次元の色彩」) 他 CAスミス「七つの呪い」等も特段好みの由。菊地氏 傑作映画として画伯未見の『襲い狂う呪い』熱烈推薦。今年日本公開予定のニコラス・ケイジ主演『Colour Out OF Space』にも両氏期待。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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井上雅彦『珈琲城のキネマと事件』

井上雅彦『珈琲城のキネマと事件』(光文社文庫 2019/11月刊) 読。

https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334779382

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伝説的長篇『竹馬男の犯罪』(1993講談社ノベルス/2007復刊)以来四半世紀ぶりに上梓された本格ミステリーは 〈映画〉への愛と造詣をテーマとした連作短篇集(『ジャーロ』誌連載4篇+書き下ろし1篇)。都内某所に建つ風雅な趣(スパニッシュバロック式洋館)の元名画座茶店《薔薇の蕾》に集う強者常連客衆が 刑事・春夫と新聞記者・秋乃の持ち込む怪事件 奇事案を語りのみから解き明かす ある種の安楽椅子探偵譚集。

第1話「狼が殺した」……タイトル通り狼(狼男?)の仕業を思わす残虐な手口の密室殺人。ミスリード&伏線の妙が利き シリーズへの導入/紹介に相応しい一篇。
第2話「櫻屋敷の窓からは」……秋乃の友人の父が遂げた不可思議な最期。事件か否かも判とせぬ謎から過去の秘密が蘇る。満開の桜と飛鳥群のイメージ鮮やか。
第3話「赤い警官と未来の廃墟」……新客が語る幼時の不気味な〈赤いおまわりさん〉の記憶。映画・映像に絡んだトリックと相俟つ色彩感覚が読みどころ。
第4話「艶(あで)やかな骸骨のドレス」……天才的人形作家が招いた奇妙な出来事。体と心・生と死・美と醜…等の芸術的問題が映画をヒントに浮かびあがる。
第5話「蝙蝠耳と昭和のスマホ」……書き下ろし。深刻な事件はなくも『座頭市』『事件記者』等 往年のテレビ~映画に跨る名作への言及も楽しい余禄。

いずれも数多の蘊蓄が開陳され乍ら 決して徒に装飾的ペダントリ―に堕さず(所謂本格ミステリーにはなぜかその弊がままあるが)全て謎解き&筋運びの材として活かされているのが快し。映画を巡る智識は流石に多大で 高所的見地より寧ろ専門技術面への関心の深さが窺える点に屡々瞠目。各篇末尾に其々で言及された映像作品の紹介があり有益。『回転』『恐怖の足音』等 是非観たし。『サイコ』『鳥』『ロッキー』等 見方変わりそうな例も。

推理小説としての秀逸さにとどまらず 特有の詩情と郷愁が文章 作話 両面で味わえたのが何よりの収穫。作者が育った街東京の佳き情景描写も滋味。

ショートショート作家〉〈民俗学者〉〈記号論〉〈怪談系〉〈書店員〉〈グッズ屋〉〈怪奇俳優〉〈医学〉〈映写技師〉ら 愛すべき集団探偵との再会あれかし。

珈琲城のキネマと事件 (光文社文庫)

珈琲城のキネマと事件 (光文社文庫)

  • 作者:井上 雅彦
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/11/12
  • メディア: 文庫
 

 

2/6には神田神保町奥地にて著者による刊行記念談話&サイン会開催。

https://note.com/yurarosa/n/n13ba45ab914e

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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紀田順一郎・荒俣宏 監修『幻想と怪奇 傑作選』

『幻想と怪奇 傑作選』(紀田順一郎荒俣宏 監修 新紀元社 2019/11月刊)読。

http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-1760-0/

↓ 本書(下段中央)と 旧『幻想と怪奇』誌原本──上段右から 5号メルヘン的宇宙の幻想/6号幻妖コスモロジー日本作家総特集/7号夢象の世界/8号オカルト文学の展開/下段右から 9号暗黒の領域/10号現代幻想小説/11号幽霊屋敷/12号ウィアード・テールズ。(※各号表紙の数字は月号の意で 通号の数とは異なる)

1~4号は目下室内探索中…

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伝説の専門誌『幻想と怪奇』(1973~74 三崎書房~歳月社)に掲載された小説を中心に評論・レビュー・コラム等まで重要作を選抜して集成した異色の傑作集。「休刊から四十五年の今日までに書籍に収録された作品は多く(中略)本書ではそれらに比べても遜色のない書籍未収録作を中心に選んだ」(牧原勝志「《前説》幻の雑誌、ふたたび」より)との配慮が特色。巻頭の紀田・荒俣 両監修者による序文は往時の新誌誕生前後の経緯を生々しく語る。創刊は両氏からの働きかけではなく 叢書『怪奇幻想の文学』(新人物往来社 69年発進)の成功に触発された版元側からの提案だったとの話(紀田)や 誌名は江戸川乱歩が自作短篇集のために考えたタイトルの拝借との告白(荒俣)等瞠目。
小説は以下の12篇。
A・E・コッパード「ジプシー・チーズの呪い」(鏡明 訳 創刊号 魔女特集より)……珍しいチーズ奇譚。/ H・R・ウェイクフィールド「闇なる支配」(矢沢真 訳 2号 吸血鬼特集より)……子供と子守女の異常性愛。/ ウォルター・デ・ラ・メア「運命」(紀田順一郎 訳 同号より)……皮肉の利いた掌篇。/ R・エリス・ロバーツ「黒弥撒の丘」(桂千穂 訳 3号 黒魔術特集より)……悪魔と美少年の契約。/ アン・ラドクリフ「呪われた部屋」(安田均 訳 4号 CTHULHU神話特集)……特集外作。ゴシック長篇『ユドルフォの秘密』抜粋。怪異と合理の並立が探偵小説先駆感。/ エルクマン・シャトリアン「降霊術師(カバリスト)ハンス・ヴァインラント」(秋山和夫 訳 5号 メルヘン的宇宙の幻想特集より)……フランスの合名作家。華麗なオカルト思弁と恐怖。/ メアリ・W・シェリー「夢」(八十島薫 訳 7号 夢象の世界特集より)……ゴシック風舞台と乙女の夢想。/ E・ランゲッサー「子供たちの迷路」(條崎良子 訳 10号 現代幻想小説特集より)……ドイツ作家。戦時背景の家族と子供の恐怖心。/ アルジャナン・ブラックウッド「別棟」(隅田たけ子 訳 11号 幽霊屋敷特集より)……幽霊以上の存在を思わす独自怪異観。/ 石川鴻斎「夜窓鬼談」(琴吹夢外 訳 6号 幻妖コスモロジー 日本作家総特集より)……明治の詩文家。澁澤・鏡花も底本としたという名著から抜粋の漢文和訳。鬼神・牡丹灯籠・冥府。/ 桂千穂「鬼火の館」(同号より)……著名脚本家兼怪奇翻訳家による創作。洋館に住む未亡人を見舞う心霊悲劇。/ 山口年子「誕生」(同号より)……現在は幻の作家となった女流名手。名家令嬢を襲う恐るべき運命。

以下は評論他。
紀田順一郎「人でなしの世界 江戸川乱歩怪奇小説」……乱歩「人でなしの恋」とM・R・ジェイムズ「ポインター氏の日録」の精細な対比論が白眉。/ H・P・ラヴクラフト「我が怪奇小説を語る」(団精二荒俣宏 訳)……書簡訳出紹介。HPL後年の某有名作の萌芽が示唆的。/ 落合清彦「日本怪奇劇の展開─闇の秩序を求めて─」……小平次皿屋敷等の江戸期怪奇劇から現代(=当時)のテレビ番組まで言及。/ 荒俣宏「閉ざされた庭─または児童文学とアダルト・ファンタシィのあいだ─」……残酷人形劇『パンチとジュディ』から説き起こす子供対大人幻想文学論。未訳期の『ゴーメンガースト』(M・ピーク)にも触れ。/ 草森伸一「胡蝶の夢─中華の夢の森へ(Ⅰ)」……中国古代詩集『詩経』から発する夢論。/ 秋山協介=鏡明「地下なる我々の神々 1~4」……口語体が小気味よいオカルト系アメリカ文化論。/ 「ホラー・スクリーン散歩」瀬戸川猛資『激突!』石上三登志『怪物団(フリークス)』……共に個性的視点の映画評。/ 「幻想文学レヴュー」山下武『ブラックウッド傑作集』(創土社)   石村一男『ベスト・ファンタジー・ストーリィズ』……訳書&洋書の書評。因みに前者は往年の名コメディアン柳家金語楼の子息。/ 麻原雄「挿絵画家アーサー・ラッカム」「囚われし人 ピラネージ」……共に刺激的美術紹介。実作図版多数。

小説評論共にいずれも今日でも啓発性大だが 敢えて個人的最印象を挙げれば「誕生」「地下なる我々の神々」「囚われし人 ピラネージ」か。

末尾に当時の寄稿者中3人の新稿掲載。桂千穂(インタビュー)「誰もやっていないことを」鏡明(エッセー)「『幻想と怪奇』という試みについて。」安田均(エッセー)「『幻想と怪奇』の時代」……其々濃密な述懐。「売れなかった」(桂)「早すぎたのかも」(鏡)「時期が早かったとは思えなかった」(安田)等 感慨差が面白し。

 

さらに巻末特別収録として 伝説の同人誌『THE HORROR』(1964 恐怖文学セミナー編集発行 全4号)を全巻復刻。紀田順一郎の解説によれば 同人 恐怖文学セミナーはSRの会を母体とし 紀田 大伴昌司 島内三秀(=桂千穂)の3人から成る由。訳出する海外作品は本邦初紹介を旨とし J・P・ブレナン「裏庭」等 後年『幻想と怪奇』(同誌に10年近くも先立つことに驚き!)に再録された作もあり またジョージ・ウェイト「死刑の実験」等 他で読めない珍しい作家も。なお紀田が最大の掲載目標としたと思しい平井呈一の翻訳とエッセーは先般の『幽霊島』(創元推理文庫)にも収録済。 

幻想と怪奇 傑作選

幻想と怪奇 傑作選

 

 

 

ところで新生『幻想と怪奇』誌が愈々今月22日同版元より創刊予定。1号は「ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會」特集と銘打ち マッケン/ストーカー/ウェルズ/ディケンズ/コリンズ/レ・ファニュら大家を始めとする傑作満載 不肖弊ブログ子も随一怪(奇?)作にて末席に。請御贔屓!

http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-1761-7/ 

幻想と怪奇 1 ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會

幻想と怪奇 1 ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新紀元社
  • 発売日: 2020/02/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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