菊地秀行『美凶神 YIG』上下

菊地秀行『美凶神 YIG』上下(創土社The Cthulhu Mythos Files)読。

http://www.soudosha.jp/Cthulhu/yig1.html http://www.soudosha.jp/Cthulhu/yig2.html

(※写真下部2冊は旧版 ↓ )

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1996年の光文社カッパ・ノベルス版初刊から22年を経ての完結版。今般の新版 下巻 第十章「イヴならぬ名前」までが旧版分に相当し 第十一章「欠如した部分」以降ラストまでが加筆分となる。したがって 旧版の大半を「イヴ」の呼び名で通していた主人公が十章章題の通り初めて本当の名前を明かして以後の展開が 加筆によって遂に十全に描き切られたことに。分量にして下巻の過半を占める約170ページ/4章分。

クトゥルー事変のため荒廃した東北の地 三鬼餓(みきが)を訪れた謎の妖美女イヴは曲者揃いの手練れの戦士たちと共に大富豪 瑠々井(るるい)に雇われ 地球完全征服を目論むクトゥルー軍団との戦いに臨む。瑠々井は何ゆえに大敵 旧支配者に挑んでまで地球を護らんとするのか? イヴは何ゆえに危険極まりない用心棒仕事を敢えて引き受けねばならなかったのか? 全ての謎がこの完結篇によって明らかとなる。作者がラヴクラフトの最高峰群と目する3大作「インスマウスの影」「ダンウィッチの怪」「クトゥルーの呼び声」(※いずれも本書で採られている邦題)の其々の大枠&核心を大胆に採り込むと共に他作からも諸要素を多々加えて日本舞台用に総合再構築し さらに作者流のリアル&超リアルな活劇展開を導入し 且つクトゥルー神話の真髄をも精緻雄弁に語り尽くすという まさに菊地秀行の面目躍如の離れ技がここに至って神技にまで到達。神話タームの終始間断ない連射・邪神世界の壮大な対決の構図・個性的なレギュラーキャラ陣の魅力(個人的には盲目の剣士・暮麻亡-くれま ぼう-が最好)・簡潔且つ精巧な独特のアクション描写・作者得意のエロティシズムの横溢…etcetc…と読みどころ枚挙に暇なし。至高の魔道書『死霊秘法(ネクロノミコン)が極めて重要な役割を担うのも見逃せず。これ以上ない幕切れのラスト1行 意味深。これはひょっとすると『妖神グルメ』をも凌ぐ菊地クトゥルーの最大傑作では?とすら思わせ。いつも通りであるかのようなさり気なく軽い乗りの「あとがき」がまた心憎し。

元々ある種のポスト・アポカリプス物(『魔界都市〈新宿〉』等 この作家の本領の一環でもある)として書き始められた小説だが 偶然にも東北の地が舞台となっているため 今日の目で読むとどこかしらに単なるエンタテインメントを超えた波動が脈打っているようについ感じてしまう…などと言うのはやはり穿ち過ぎの誹りか…?

因みに「イグ=Yig」は国書刊行会版『ク・リトル・リトル神話集』所収のゼリア・ビショップ作「イグの呪い」(※星海社版《新訳クトゥルー神話コレクション3『這い寄る混沌』では事実上H・P・ラヴクラフト作品として収録)で言及されている邪神で そこでは寧ろ男性神らしき節が窺えるが 本作での「YIG」は美しき女怪の姿をとって登場し 蛇を操るという特性にとって より相応しい顕現となっているように。またその淵源に纏わる驚くべき秘密は おそらく作者の創作と思われるだけに その想像力には舌を巻かざるを得ず。

なお上巻巻末の登場人物紹介&相関図は大野博之氏が 下巻巻末の人物&邪神紹介は中沢敦氏が其々担当の由 共にその道の並ぶ者なき知悉者の手腕発揮。

 

美凶神 YIG 上 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

美凶神 YIG 上 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

 
美凶神 YIG 下 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

美凶神 YIG 下 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

 

 

 

…これを書き上げていざ菊地秀行氏深夜トーク(6/14ドイツ怪奇映画特集)へ!…

…と意気込んでいたが 風邪気味好転せず大事とり断念 慙愧orz…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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