A・ブラックウッド他『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』

A・ブラックウッド他『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫 2019/8月刊) 読。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488585082

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英米怪奇小説紹介の第一人者たる鬼才の訳業から精選した傑作集。珠玉短篇13作+付録(=対談 エッセー 書評等)。小説は出典別に並べられ 同テーマ作群ごとに読み進められる利点あり。以下収録順。
H・P・ラヴクラフトアウトサイダー」──20世紀世界怪奇小説史を主導する作家の短篇代表作。異形への恐怖心理を濃密無比に謳いあげた至高作。当初雑誌訳載時の邦題は「異次元の人」とのこと。
アルジャーノン・ブラックウッド「幽霊島」──この作家得意の大森林に材を採る〈純粋怪談〉(=人間的因果と無縁な純超自然譚の平井による呼び方の由)。50年代の《世界恐怖小説全集2》からの初再録で 本集成の目玉作品。
ジョン・ポリドリ「吸血鬼」──近代吸血鬼文学の魁となった里程標作。悪の魅力を放つ怪人の造形はドラキュラ伯爵の祖型。シェリー夫人『フランケンシュタイン』と並び〈ディオダティ荘の一夜〉の成果でもあり。
E・F・ベンソン「塔のなかの部屋」F・G・ローリング「サラの墓」F・マリオン・クロフォード「血こそ命なれば」──以上3篇はいずれも女吸血鬼物で 不死者(アンデッド)設定も共通するが 物語作りの個性差に妙味あり。ポリドリ作品も含めた4篇共 叢書《怪奇幻想の文学》『Ⅰ真紅の法悦』からの再録。
W・F・ハーヴェイ「サラ―・ベネットの憑きもの」リチャード・バーラム「ライデンの一室」(共に同叢書『Ⅱ暗黒の祭祀』より再録) M・R・ジェイムズ「"若者よ、笛吹かばわれ行かん"」J・D・ベリスフォード「のど斬り農場」(共に同叢書『Ⅳ恐怖の探究』より再録)──以上4篇は 趣異なり乍らも ある種の魔人的存在を巡る怪異譚群と言える。
F・マリオン・クロフォード「死骨の咲顔(えがお)」シンシア・アスキス「鎮魂曲」──共に呪われた命運の物語で 同叢書『Ⅳ恐怖の探究』より再録。
オスカー・ワイルド「カンタヴィルの幽霊──汎観念論的ロマンス」──ユニークな幽霊視点による諧謔と哄笑に溢れた集中最異色作。『牧神』誌3号より再録。
各作冒頭の作者&作品紹介(無記名だが企画編集担当 藤原編集室の筆と思われ)は 訳者平井自身による作品評価等 目を開かされる未知情報多々。
付録群の白眉は何と言っても平井vs生田耕作の長尺ゴシックロマンス対談「恐怖小説夜話」(『牧神』誌創刊号より再録)。時に逸脱交えつつも啓発力甚大。また伝説の同人誌『THE HORROR』(1964)掲載諸稿の初再録も貴重。紀田順一郎氏による巻末解説は平井の来歴や自らとの関わりを述懐しそれがそのまま海外怪奇文学移入史の概観となる。
今日では誰も真似できない一見ノンシャラン風な独特の訳文が実は推敲に推敲を重ねた末のものであり それゆえにこそ得られた超時代性と得心。1人の翻訳家そのものをテーマとしたアンソロジーはジャンル問わず珍しいに相違なく 創元では初かと。ウォルポール『オトラント城綺譚』始め未収録作による続巻が期待される。 

幽霊島 (平井呈一怪談翻訳集成) (創元推理文庫)

幽霊島 (平井呈一怪談翻訳集成) (創元推理文庫)

 

 

 

 


以下余談。個人的にはポリドリ「吸血鬼」を最重視。これでドラキュラ/カーミラ/ルスヴンの英国3大吸血鬼(※もう1つヴァーニーもありはするが)が同一文庫にしかも同じ訳者によって揃ったことになり慶賀。がそれ以上に肝心なのは 歴史的に重要な位置にあり乍ら文学的にはこれまで軽んじられがちだったことで 私見では緊迫と凄愴に富む傑作であると同時に 作者の数奇な運命と相俟って虚実に渡り触発性高く これを機に膾炙あれかしと。

因みに「吸血鬼」には他にも2種の既訳があり 1つは佐藤春夫訳(『ドラキュラ ドラキュラ』/『伝奇ノ匣9 ゴシック名訳集成 吸血妖鬼譚』所収) もう1つは今本渉訳(『書物の王国12 吸血鬼』所収)。ここでややこしいのは(本書中でも触れられているが)前者の実質訳者が他でもない平井呈一であること。つまり佐藤春夫の下訳を請け負ったのだが 実際には作家の手はほとんど入っていない模様で 事実上2つの平井訳が生まれる結果に。本書収録訳とは全く異なった擬古文調で これまた味読の価値あり。

 …実は弊ブログ子現在同版元での英米古典吸血鬼小説集を編纂中で ほぼ全篇を初訳物で占める中 唯一既訳のある作品がこの「吸血鬼」に他ならず(但しバイロン作「断章」付随予定)。嚆矢としての同作から頂点となる『ドラキュラ』の余滴に至るまでの血の変遷を辿る試みで 刊行順としては本書が先に出る運びとなったものの この作は企画の主旨上外せないので 同じ社から名訳が復活したあとにも拘わらず敢えて新訳を問わんとする次第。とは言え担当するのは共訳者 平戸懐古氏であり(既に訳出進行中)比較される洗礼は才能豊かな新鋭に任せることに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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