H・P・ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて』森瀬繚 訳

H・P・ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて 新訳クトゥルー神話コレクション4』(森瀬繚 訳 2019/9月刊 星海社FICTIONS) 読。

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北極星(ポラリス)」から「未知なるカダスを夢に求めて」に到る 地球の夢の深層に広がる異世界〈幻夢境〉が舞台の幻想譚と ラヴクラフトの分身とも言える〈夢見人〉ランドルフ・カーターが夢と現にまたがる脅威に直面する「ランドルフ・カーターの供述」以下の作品群を完全に網羅した 実に17篇を収録。永劫の探求を果てに 夢見人の眼前で今〈窮極の門〉が開く――!】 

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『クトゥルーの呼び声』『『ネクロノミコン』の物語』『這い寄る混沌 に続く叢書第4集。収録作は ダンセイニ卿の影響下に書かれた(※「北極星」を例外として)幻夢境関連短篇作群──「白い船」「サルナスに到る運命」「恐ろしい老人」「ウルタールの猫」「セレファイス」「永劫より」「イラノンの探求」「蕃神」「霧の高みの奇妙な家」──および 詩「夢見人へ。」「忘却より」断章「アザトース」(=構想長篇冒頭部) 並びにランドルフ・カーター登場作「ランドルフ・カーターの供述」「名状しがたいもの」「銀の鍵」と それらの集大成的長篇「未知なるカダスを夢に求めて」&中篇「銀の鍵の門を抜けて」(=知己作家プライスとの共作)+プライス単独作「幻影の君主」…の陣容。HPLのファンタジー作家面の全景を一望でき クトゥルー神話面でも重要語の初出作多し(ナコト写本=「北極星」キングスポート=「恐ろしい老人」フサンの謎の七書=「蕃神」夜鬼=「未知なる…」ノーデンス=「霧の…」等々)。巻末の「幻影の君主」は「銀の鍵」に触発されたプライスの筆になる作で 本邦初訳と思しい。HPLは手厳しく批評しつつ「銀の鍵の門を抜けて」へと改作した由で 比較するとたしかに物語としての豊かさは格段増強の感。(なお わが国では通例ホフマン・プライスと略称されるが 本書では正式名エドガー・ホフマン・トルーパー・プライスで通している)

個人的最関心は ブライアン・ラムレイタイタス・クロウ・サーガ》との関連で とくに同サーガ第3長篇『幻夢の時計』は幻夢境(※同作邦訳では〈地球の夢の国〉)を舞台としてランドルフ・カーター/クラネス/アタル等々の人物を借用登場させているだけに 本書収録諸作とは抜き差しならない深い関係にある。サーガ全般においても 例えばクロウの盟友アンリ=ローラン・ド・マリニーは「銀の鍵の門を抜けて」に登場する神秘家エティエンヌ=ローラン・ド・マリニーの子息設定でラムレイが創作した人物であり そのアンリがのちに武器とする時空往還機は 棺型の謎めいた時計として同作で初出し重要な役割を果たしている。またラムレイにはヒーロー&エルディンのコンビを主人公とする《ドリームランド3部作》もあり(※同コンビはクロウ・サーガ最終巻『旧神郷エリシア』にも登場)そちらは終始幻夢境をテーマとしており HPLのこの側面からの並々ならない強い感化を窺わせる。因みに同3部作は本叢書と同じ森瀬繚 訳により青心社より刊行予定と仄聞。
本書も前3巻の例にたがわず 訳注/解説/地図/年表/索引 等の充実度&凝り度は類書を圧倒し とくに今回は中山将平 画による〈幻夢境の外部世界(アウターワールド)〉のカラー地図が特筆物(※幻夢境は地下にも広大な空間を擁するため 地上界を敢えて外部と呼ぶ模様)。各作邦題や重要語の訳語選択も相変らず細心。目を惹いた例を挙げれば 幻夢境に棲む芋虫型種族ドール族(Dholes)は正しくはボール族(Bholes)であるとしてそちらの表記を用いている。既に前者で人口に膾炙しているため クトゥルー神話全般での改正は困難だろうが(ラムレイも前者採用) 鼻祖HPLによる謂わば聖典(カノン)の新訳紹介としては意義あるものと。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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