A・ブラックウッド他『迷いの谷 平井呈一怪談翻訳集成』

A・ブラックウッド他『迷いの谷 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫 5/31刊)読。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488585099

『幽霊島』(A・ブラックウッド他) ↓ …

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…並びに『恐怖』(アーサー・マッケン傑作選)に続く藤原編集室編纂による平井呈一翻訳怪談シリーズ最新刊。

アーサー・マッケンと共に「英国怪奇の三羽烏」と平井が称揚したM・R・ジェイムズ2篇とブラックウッド6篇 + ラフカディオ・ハーン怪奇文学講義2種の訳出 更に付録としてエッセイ・あとがき類7篇 を加えた構成。
M・R・ジェイムズ「消えた心臓」「マグナス伯爵」は平井を師と敬愛する南條竹則の訳による『消えた心臓/マグヌス伯爵』(光文社古典新訳文庫)の中心収録作と敢えて重なる重要作2篇で 根源的怪異剔抉への作家の執念を示す。ブラックウッド「人形」「部屋の主」「猫町」「片袖」「約束」「迷いの谷」は『世界恐怖小説全集』(東京創元社1958~59)第2巻版『幽霊島』収録作のうち文庫版『幽霊島』未収録分とのこと。いずれもジェイムズとは微妙に異なり乍ら根源的怪異への飽くなき憧憬は相通じ とくに中篇「迷いの谷」での畏怖すべき大自然への沈潜は作者の面目最躍如。また「猫町」は別邦題「いにしえの魔術」「古えの魔術」「古代の魔法」等多種の他訳があり ナイトランド叢書版『いにしえの魔術』で弊ブログ子訳も末席を汚す 妖怪博士/心霊博士ジョン・サイレンス物の代表作で(平井版では心霊学博士) 本書解題によれば 同作との関連を噂される萩原朔太郎猫町」及びその点に言及した江戸川乱歩猫町」へのオマージュとしてのタイトルと推測される由。斯くて平井の所謂「三羽烏」マッケン/ブラックウッド/ジェイムズが米国の根源的怪異派H・P・ラヴクラフトに決定的影響を与えたことを本シリーズでの一連の実作により改めて実感。「これにアメリカのH・P・ラヴクラフトを一枚加えて、この四人を私は近世怪奇小説の四天王と考えている。」(平井自身によるブラックウッド解説より)の一文からしても 若し平井訳ラヴクラフト成りせばとの夢想避け難し。
初期翻訳のA・E・コッパード「シルヴァ・サーカス」は平井26歳時での翻訳料初取得作。西崎憲訳『郵便局と蛇』(ちくま文庫)所収「銀のサーカス」で既読だが 平井訳は滑稽味誇張で早くも特性発現。同じくE・T・A・ホフマン「古城物語」は他訳では「世襲領」等の邦題が付される集中最長の中篇で 後年平井の代表訳となるH・ウォルポール『オトラント城綺譚』(『おとらんと城綺譚』)を彷彿させる重厚ゴシック譚。
ラフカディオ・ハーン怪奇文学講義での個人的最注目点は「英語で書かれたゴースト・ストーリーの最高の傑作は(中略)ブルワー・リットンの"The Haunted and the Haunters"(「幽霊屋敷」)であり」(=「モンク・ルイスと恐怖怪奇派」より)の一文で ハーンに私淑するのみならず「幽霊屋敷」を実際に訳している(創元推理文庫怪奇小説傑作集1』所収)平井自身の思いとも読める。ハーンは「小説における超自然の価値」でもリットン「幽霊屋敷」を精細に分析しており 同作のモデルの一端となったロンドンに実在する有名な建物に絡む企画を予定中の弊ブログ子には大いに刺激的。
付録エッセー類では とくに推理小説を苦手としていることを繰り返す平井の吐露が微笑ましいが 個人的には訳者名を意識しない頃E・クイーン『Yの悲劇』を平井訳講談社文庫版で初読し好印象の記憶。
垂野創一郎による巻末解説「われわれ自身が一個のghostである」(このタイトルはハーン「小説における超自然の価値」からの引用)は「平井の翻訳には、東西の文化差に拘泥する気配があまり見られない。」として 平井とハーンの共感性から「三羽烏」との連関にまで及んで示唆的。

本書御恵送を手配くださった藤原編集室に深謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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