『幻想と怪奇 13 H・P・ラヴクラフトと友人たち』

『幻想と怪奇 13 H・P・ラヴクラフトと友人たち』(牧原勝志編 新紀元社 2013/3月刊)

http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-2078-5/

装画 ひらいたかこ 装丁 YOUCHAN

旧『幻想と怪奇』誌(三崎書房/歳月社1973~74)の全12号をついに超えて13号の刊行成った新編『幻想と怪奇』。今号は満を持しての初特集となるラヴクラフトアーカム・ハウスをテーマとし かの特殊書肆の意義を実作品群によって掘り下げている点が特筆。ラヴクラフトおよび親しい友人作家たち/歿後HPL書を刊行し作家としても後継したダーレスとワンドレイ/その流れを現代にまで書き継いだ作家たち/影響下にある日本作家代表格たち──の万全構成。

H・P・ラヴクラフト 断章二題「魔の書」「月下に佇むもの」……アーカム・ハウスによってこそ日の目を見得たHPLの文字通りの断章作品。短くも異世界描写と妖異の怪奇性は教祖的片鱗如実。新訳担当は『吸血鬼ラスヴァン』『英国クリスマス幽霊譚傑作集』で共編共訳を仰いだ平戸懐古氏。
ヘンリー・S・ホワイトヘッド「成らず神」……西インド諸島を舞台とする個性発揮の医学ホラー。
クラーク・アシュトン・スミス「死者たちの惑星」……異才躍如の絢爛天文幻想記。
フランク・ベルナップ・ロング……「闇に潜むもの」……魔女伝説の地セイレム舞台のユーモア篇。
オーガスト・ダーレス「川風の吹くとき」……濃厚怪奇のサスペンス幽霊譚。「ラヴィニア」の名にはニヤリ。
オーガスト・ダーレス「鏡の中の影」……3人姉弟と亡伯母のグロテスクな愛憎劇。
ドナルド・ワンドレイ「塗りつぶされた鏡」……鏡とアイデンティティを巡る幻視。
ドナルド・ワンドレイ「赤い脳髄」……16歳(!)若書きの遠未来宇宙SF。G・イーガン思わす難解世界。
ロバート・ブロック「斧の館」……セミコメディタッチの見世物幽霊屋敷録。名調子訳文(植草昌実)。
ジョセフ・ペイン・ブレナン「チルトン城の恐怖」……ゴシック風城館の奥に潜む怪異は凄絶の極み!
ベイジル・コッパー「洞窟」……アーカム・ハウスに関係した英国作家の一角による洞窟怪奇。
ラムジー・キャンベル「深淵」……同じく英国の現役重鎮。小説家を蝕む現代的恐怖と狂気。
黒史郎琥珀色の海」……気鋭によるHPL&MYTHOSへの濃密オマージュ。
井上雅彦「ルルの楽園」……自家薬籠の懐旧美溢れるアミューズメントパークMYTHOS。
朝松健「黒い森のリア」(連作《ベルリン警察怪異録》第3話)……南ドイツ舞台の儀式殺人/魔術ホラーミステリー。作者は邦版アーカム・ハウス叢書元編集者であり本特集にも因み。
荒俣宏ラヴクラフトとかれの昏い友愛団──内面像としてのラヴクラフトが、なぜぼくたち日常世界の住人に開かれているのか──」……旧『幻想と怪奇4 ラヴクラフトCTHULHU神話特集』(1973)掲載の先駆者による熱量無比な評論再録。
アーカム・ハウス書影集」/「アーカム・ハウス刊行物一覧」……共に本誌編集室による労作。

総じてCTHULHU MYTHOSのみならずアーカム・ハウス全容のスケールと深度を感得できる充実度感嘆。創業85年にならんとする英傑版元に新たな注目あれかし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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A・ブラックウッド他『迷いの谷 平井呈一怪談翻訳集成』

A・ブラックウッド他『迷いの谷 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫 5/31刊)読。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488585099

『幽霊島』(A・ブラックウッド他) ↓ …

https://neunumanumenu.hatenablog.com/entry/2019/09/26/225511

…並びに『恐怖』(アーサー・マッケン傑作選)に続く藤原編集室編纂による平井呈一翻訳怪談シリーズ最新刊。

アーサー・マッケンと共に「英国怪奇の三羽烏」と平井が称揚したM・R・ジェイムズ2篇とブラックウッド6篇 + ラフカディオ・ハーン怪奇文学講義2種の訳出 更に付録としてエッセイ・あとがき類7篇 を加えた構成。
M・R・ジェイムズ「消えた心臓」「マグナス伯爵」は平井を師と敬愛する南條竹則の訳による『消えた心臓/マグヌス伯爵』(光文社古典新訳文庫)の中心収録作と敢えて重なる重要作2篇で 根源的怪異剔抉への作家の執念を示す。ブラックウッド「人形」「部屋の主」「猫町」「片袖」「約束」「迷いの谷」は『世界恐怖小説全集』(東京創元社1958~59)第2巻版『幽霊島』収録作のうち文庫版『幽霊島』未収録分とのこと。いずれもジェイムズとは微妙に異なり乍ら根源的怪異への飽くなき憧憬は相通じ とくに中篇「迷いの谷」での畏怖すべき大自然への沈潜は作者の面目最躍如。また「猫町」は別邦題「いにしえの魔術」「古えの魔術」「古代の魔法」等多種の他訳があり ナイトランド叢書版『いにしえの魔術』で弊ブログ子訳も末席を汚す 妖怪博士/心霊博士ジョン・サイレンス物の代表作で(平井版では心霊学博士) 本書解題によれば 同作との関連を噂される萩原朔太郎猫町」及びその点に言及した江戸川乱歩猫町」へのオマージュとしてのタイトルと推測される由。斯くて平井の所謂「三羽烏」マッケン/ブラックウッド/ジェイムズが米国の根源的怪異派H・P・ラヴクラフトに決定的影響を与えたことを本シリーズでの一連の実作により改めて実感。「これにアメリカのH・P・ラヴクラフトを一枚加えて、この四人を私は近世怪奇小説の四天王と考えている。」(平井自身によるブラックウッド解説より)の一文からしても 若し平井訳ラヴクラフト成りせばとの夢想避け難し。
初期翻訳のA・E・コッパード「シルヴァ・サーカス」は平井26歳時での翻訳料初取得作。西崎憲訳『郵便局と蛇』(ちくま文庫)所収「銀のサーカス」で既読だが 平井訳は滑稽味誇張で早くも特性発現。同じくE・T・A・ホフマン「古城物語」は他訳では「世襲領」等の邦題が付される集中最長の中篇で 後年平井の代表訳となるH・ウォルポール『オトラント城綺譚』(『おとらんと城綺譚』)を彷彿させる重厚ゴシック譚。
ラフカディオ・ハーン怪奇文学講義での個人的最注目点は「英語で書かれたゴースト・ストーリーの最高の傑作は(中略)ブルワー・リットンの"The Haunted and the Haunters"(「幽霊屋敷」)であり」(=「モンク・ルイスと恐怖怪奇派」より)の一文で ハーンに私淑するのみならず「幽霊屋敷」を実際に訳している(創元推理文庫怪奇小説傑作集1』所収)平井自身の思いとも読める。ハーンは「小説における超自然の価値」でもリットン「幽霊屋敷」を精細に分析しており 同作のモデルの一端となったロンドンに実在する有名な建物に絡む企画を予定中の弊ブログ子には大いに刺激的。
付録エッセー類では とくに推理小説を苦手としていることを繰り返す平井の吐露が微笑ましいが 個人的には訳者名を意識しない頃E・クイーン『Yの悲劇』を平井訳講談社文庫版で初読し好印象の記憶。
垂野創一郎による巻末解説「われわれ自身が一個のghostである」(このタイトルはハーン「小説における超自然の価値」からの引用)は「平井の翻訳には、東西の文化差に拘泥する気配があまり見られない。」として 平井とハーンの共感性から「三羽烏」との連関にまで及んで示唆的。

本書御恵送を手配くださった藤原編集室に深謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』

ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』(日暮雅通 訳 ハヤカワ文庫FT 2022/8月刊)読。

hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000

19世紀末~20世紀序盤にかけて英国の大衆小説家サー・アーサー・コナン・ドイルによって多数発表された名探偵シャーロック・ホームズ譚は 世界初の諮問探偵(コンサルティング・ディテクティヴ=警察からも依頼される私立探偵)を主人公とするミステリーシリーズとして歴史的一大潮流を生み出して 後年の同分野に多大な影響を与えると同時に 今日ではオマージュ/パスティーシュ/パロディの類も世界中で書かれているに相違ない(その流れには当然乍らシャーロック・ホームズの名前とキャラクターがパブリック・ドメインとなって久しいことが寄与していよう)。
本作はそんなホームズに対するパスティーシュ・テーマをCthulhu Mythos(ドイルのホームズ譚創作期とほぼ同時代に活躍した米国のカルト的パルプ雑誌系作家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの作品群を基調とする特異な怪奇小説サブジャンル=クトゥルーorクトゥルフ神話)に設定した異色の長篇小説シリーズ第1作の由──ここで〈異色〉と言うのは ホームズとCthulhu神話とを絡めたパスティーシュは意外にもそう多くない模様だからであり(少なくとも商業的に成功した長篇の作例としては) そうした貴重作が本邦ホームズ譚翻訳の第一人者 日暮氏(光文社文庫で個人全訳あり)によってこの時期に訳出されたのはまことに快事。

物語はロンドンのシャドウェル(意味ありげな地名だが実在する街区の由)での奇怪な連続変死事件を巡るホームズの捜査を端緒として ライムハウス(旧時代のチャイナタウン)に蠢く悪の巣窟と その背後の更なる巨悪による驚愕の異次元的陰謀にまで展開が広がっていく……
……という粗筋紹介はこの程度にとどめ 以下では本書で採用されているユニークな試みの諸点を挙げてみたい。

まず巻頭「はじめに」での驚きの告白として 作者ジェイムズ・ラヴグローヴ自身が何とH・P・ラヴクラフトの縁者と判明したとされていること!……事実か否かは別にして〈み〉の効果は大と言わざるを得ず。
また小説の構造としては 作者のHPL血脈を明かした某人物が ドイル作ホームズ譚の語り手だったジョン・ワトスン博士による長文の未発表陳述を作者に託する という体裁になっている点が大きい。この〈未発表〉というところが肝心で つまり過去にワトスン博士が語ってきたホームズ譚(=所謂〈正典〉)の全てが根底から覆されるかもしれないとあらかじめ示唆していると読めなくもない──事実 ワトスンは陳述の序盤で「(正典において)ホームズと私は二人で結託して、読者を誤認に導く壮大なミスディレクションを図った」とカミングアウトしている!
例えばワトスンは陳述の中でホームズとの出会いの経緯についても語るが それはドイル作の正典第1長篇『緋色の研究』の冒頭で紹介されている出会いとは大きく異なっており そちらが実はワトスンによるミスディレクションの一端だったと言えるのかも!?……が それはほんの序の口にすぎず 後半には更なる衝撃度の〈覆し〉が開陳されることに……
また登場人物は正典でのロンドン警視庁警部グレグスン(メイン警部レストレードのライバル)を始め 嘗てワトスンの医師面での助手だったスタンフォード(『緋色の研究』に登場する人物だが 名前がヴァレンタインであることが本作で初めて明かされる) 更にはホームズの兄マイクロフトも重要な役割を担い 終盤では高名な某○○まで顔を見せ……等々サービスに富み ファン(シャーロキアン)心理に訴えるのは必定。

一方でCthulhu神話との関連でも注目すべき点多々あり まずホームズが中盤でランドルフ・カーター(=HPL作の主要シリーズキャラ)張りに〈夢の探求(ドリーム・クエスト)〉を実践するのが驚き!
またワトスンも負けてはおらず ホームズと知り合う前のアフガニスタン戦争従軍時に本作の予兆となる出来事に既に遭遇していたことが明かされる──同地の地下に眠る謎の古代都市で恐るべき危機に瀕していた!
そんな2人がついには大英博物館の秘密めいた〈封印書籍部〉に赴き『ネクロノミコン』を始めとするCthulhu神話由縁の数々の魔道典籍を繙くことになり……

というわけで最後まで予断を許さない面白さで 帯での北原尚彦氏の推薦の辞に違わず シャーロキアンラヴクラフティアンも楽しめること請け合い。個人的には ホームズ譚はラヴクラフト系怪奇譚と実は相性がよい(とくに長篇版正典の冒険orスリラー小説的雰囲気の濃さからしても)と思ってきたが それが本作で実証されたのも好結果。且つまた 双方(or一方)の分野について予備情報を持たない読者をも充分に惹き込みうる力を具えているとも思われる。

更に言えば 昨年(2022)は大島清昭『赤虫村の怪談』(東京創元社)も世に出ており 内外でのCthulhuミステリーの収穫が同じ年に並んだことになり ここに来て楽しみな流れが再生されつつある予感。本シリーズの残る2作の刊行も大いに期待される。

 

 

 

 

……因みに 期待されると言えば……

 

 

 

 

実は日暮雅通氏と共同(分担)でホームズ+Cthulhuパスティーシュ作品の書き下ろしアンソロジー Shadows Over Baker Street を訳出中で 東京創元社より刊行の予定。──ただ諸般の事情により進行が当初想定より大幅に遅れてはいるが 両訳者とも既に半数以上訳了済みで(其々10作前後ずつ担当) あとは時間の問題と予想。刊行の暁には2分冊となる見込み(単行本or文庫は未定)。
このたびのラヴグローブ作品とは違って短篇集だが 収録作にはヒューゴー賞を受賞して既に名作と謳われ 日暮氏訳で『SFマガジン』2005/5月号に掲載されたニール・ゲイマン作「エメラルド色の習作」(「翠色の習作」とした他訳もあり)も含まれ 他も粒揃いで文字どおりの傑作集であり 同趣向の成功書としてはこの『シャドウェル』に先立つものとして 手前味噌乍ら期待大。本邦での刊行時期に関する限りは先を越されはしたが シャドウ繋がり(?)で肖れる可能性ができ寧ろ慶賀。是非に請ふ御贔屓!

Shadows Over Baker Street(2003)

マイケル・リーヴズ/ジョン・ペラン(Michael Reaves/John Pelan)編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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河内実加『ツイノヒ』(クラララバード シリーズ4)

河内実加さん作《クラララバード》シリーズ長篇4作目(通算5冊目)『ツイノヒ』(2022.12.30 ものぐさ堂 刊)拝読。

↓ 同シリーズ過去作『らんぷ』『降る降るキャンディ』『迷うテンシ  キミのはね』+短篇集『ねむいねむい時』。

河内実加『らんぷ Clararabird』 

河内実加『降る降るキャンディ Clararabird 2』 

河内実加『Clararabird3 迷うテンシ キミのはね』

河内実加『ねむいねむい時』

生き物たちのあちら(生)とこちら(死)を虹で繋ぎ 大切な人の到来を待つ街クラララバードでの数々の逸話 最新刊がこの度の『ツイノヒ』。前巻『迷うテンシ…』のラストでの断片エピソードからの続きで 虹を自由に行き来できる謎の好青年「ツイノヒ」再登場。「ネーロ」(狂言廻し的役どころの猫=過去生では犬)以外は主人公「ぽちこ」含めツイノヒのことを知っているようだが 未だ完全には判然とせず。が初め懐疑的だったネーロもツイノヒの魅力は認めざるを得ない模様。眠れず悩んでいるぽちこに様々な眠りの草花を採ってきてやるツイノヒ(この世界では夢を見ないと大切な人との再会に支障があるらしい)。喋れない鼠ROや可愛い双子女子アブトゥー&アネット等ユニークなキャラも登場。お茶もお菓子も料理も作れる最強の夢見ハーブ=ヒツジナ今回も効能発揮。

ぽちこはようやく眠れるが……果たして幸せは訪れるのか? ネーロは?……ツイノヒとの絡みで次回は愈々混沌の展開?……

 

同シリーズ こちら ↓ で全巻販売中の由(※1巻目『らんぷ』売切の模様)

ものぐさ堂 - BOOTH

※『らんぷ』のみ ここ ↓ で閲覧可。

らんぷ ClararaBird - 河内 実加  マンガ図書館Z

 

 

ところで前巻『迷うテンシ  キミのはね』の巻頭で作者不詳の英語詩 Rainbow Bridge が紹介され 原詩と共に邦訳も載せられており(訳者 鳥飼惇氏は作者夫君の由) 検索するとペットロスに悩む人々に希望を与える詩として世界的に知られている作とのこと ↓

https://www.rainbowsbridge.com/poem.htm

同種の伝承の紹介はネット上にも数多くあるようなので(絵本を描いている例も) 同じこの詩に曲が付けられたりはしていないものかとYoutubeを探してみると……

唄われている歌詞は(非常に聴きとりにくいが)どうやら違っているような気がするが 画面に流されている英語詩はまさに『迷うテンシ…』で紹介されている詩と同一。折角の美しい曲なので画面と同じこの歌詞で唄ってくれたらよいのにと……

 

 

河内さんありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ロバート・バー『ヴァルモンの功績』

ロバート・バー『ヴァルモンの功績』(田中鼎 訳 創元推理文庫 2020/11月発売) 読。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488155056

20世紀初頭英国で作家ロバート・バーが創出したウジューヌ・ヴァルモン探偵譚8篇+シャーロック・ホームズ・バロディ2篇から成る傑作集。ヴァルモン譚は名探偵ミステリー愛好者の間では古くから有名な伝説的シリーズのようで 訳者あとがきによればエラリー・クイーン江戸川乱歩が激賞絶賛し 日暮雅通氏の解説によれば夏目漱石も読んでいたに相違なしと夙に言われている由(後述)。平山雄一氏訳『ウジューヌ・ヴァルモンの勝利』(国書刊行会2010)が既にあり 当創元版は〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉の1巻とされている。以下各作。

 

「〈ダイヤの頸飾り〉事件」・・・フランス警察刑事局長ヴァルモンが馘首される契機となった宝物盗難事件の顛末。巻頭作からいきなり主人公の失敗譚だが そこをさらに覆す皮肉な最終局が効果的。
「爆弾の運命」・・・英国に渡って私立探偵となったヴァルモンがテロ組織潜入捜査。解説によれば史実のヴィクトリア女王暗殺計画を意識している由。
「手掛かりは銀の匙」・・・現金盗難事件が意外な方向へ。〈銀の匙〉とは何か?
「チゼルリッグ卿の遺産」・・・莫大な遺産はどこに隠されたか? 外連味ある真相が面白し。
「放心家組合」・・・大胆にして巧妙な詐欺事件。〈放心家組合〉なる奇妙な語の意味とは? 夏目漱石吾輩は猫である』に借用されているとのことで同作の当該箇所確認。解説によればその件の発見については知る人ぞ知る昭和ミステリー作家 狩久がある役割を果たしているそうで吃驚。
「内反足の幽霊」・・・ゴシック的な城と幽霊と殺人事件。集中一番ミステリーらしい雰囲気と展開で 個人的最好感作。
「ワイオミング・エドの釈放」・・・アメリカで逮捕された貴族の子息解放の依頼を受けたヴァルモン。人を食った結末の可笑しさ。
「レディ・アリシアのエメラルド」・・・宝石盗難事件を巡るヴァルモンと魅惑の淑女とのある意味での対決。これまた笑みを誘う皮肉な幕切れ。
「シャーロー・コームズの冒険」・・・ホームズ・パロディ。名探偵コームズが助手ホワットスンと列車内殺人事件に挑む。本家顔負けの名推理…の果てや如何に?
「第二の分け前」・・・こちらもホームズ・パロディだがコームズではなく何と本家ホームズとその作者コナン・ドイルが登場し驚きの展開! 解説によれば作者バーはドイルの友人で そうでなければ2作共許されまじの挑発的書きぶり。

 

アガサ・クリスティー作のエルキュール・ポアロに先立つ英国初の外国人名探偵で 且つその尊大ぶりがポアロの原型とも目されると言うヴァルモンだが 腕利きにして名推理家にも拘わらず運命の悪戯か完勝は少なく(書名『功績Triumph』からしてアイロニカル) その点が全篇横溢の諧謔趣味と連関し 巻末のホームズ・パロディのみならずメインのこれらヴァルモン譚自体が世の名探偵譚への痛烈な風刺となっている点がユニークで おそらく最大の読みどころでもある。

その一方で 本書で何よりも驚かされるのは訳者 田中鼎(たなか かなえ)氏の訳文の凝り様で 前述の漱石との関連を飛躍的なまでに発展させて漱石その人を思わせる文体を敢えて採用し しかもさらに泉鏡花や柴田天馬訳版『聊斎志異』の文調も加味したとのことで驚き一入。作者バーの深甚な古典教養と原文の独特な晦渋さを活かすための試みであり 訳者あとがきからは大変な苦労苦慮が偲ばれる。またそれは訳者自身の広範な素養と特段の遊び心あってのことでもあり 偏えに感心あるのみ。訳文には一見しただけでは意味の判然としない難解な熟語等が頻出し 巻末には抜粋的乍ら「ヴァルモン国語辞典」なる特殊語解説まで付されているが 実はそれも稚気の域であり 読者には意味の正確な理解よりも寧ろ字面や語感の雰囲気を楽しんでもらえれば佳しと断わっている点も心憎い。

個人的にはそうした挑戦的訳文の面白さに目を奪われ過ぎた嫌いはあるが(当シリーズのミステリー史面での意義等に疎い故でもあり)それもまた本書刊行の効果に浴した一読者になれたことの表われとは言えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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東雅夫編『吸血鬼文学名作選』/ 東雅夫『小説推理』8月号書評「幻想と怪奇」〈今月のベスト・ブック〉『吸血鬼ラスヴァン』選出!

東雅夫編『吸血鬼文学名作選』(創元推理文庫) 読。

数多ある東雅夫氏編 怪奇幻想文学アンソロジーの中で 吸血鬼文学選集としては『屍鬼の血族』(桜桃書房)『血と薔薇の誘う夜に──吸血鬼ホラー傑作選』(角川文庫)『伝奇ノ匣9 ゴシック名訳集成 吸血妖鬼譚』(学研M文庫)等の他 雑誌関連でも『幻想文学 28号 特集 吸血鬼文学館──真紅のデカダンス』(幻想文学出版局)とその改題別冊化版『ドラキュラ文学館』(同)がある等 名作吸血鬼文学の紹介/発掘に多大な功績をあげてきた東氏が満を持して創元推理文庫に「東西吸血鬼文学の基調を成す一巻」(「編者解説」より)を加えたのが今般の新刊『吸血鬼文学名作選』。個人的には初の拙共編訳書『吸血鬼ラスヴァン 英米古典吸血鬼小説傑作集』(平戸懐古氏共編訳)から時を経ずして同版元より上梓された大先達の同分野企画として学ぶべきところ甚大。
解説によれば 同書編纂には本邦吸血鬼文学牽引者の1人だった故 須永朝彦氏への追悼の意味もある由で 巻頭/巻末諸篇にその趣旨が表わされている。以下収録各作。

須永朝彦「彼の最期」…作者歿後発見の掌篇。生原稿を敢えて複写掲載し「吸血鬼とは選ばれた美貌の種族」とする直截な美観を如実に伝える(活字版も併載)。
須永朝彦「三題噺擬維納風贋画集(さんだいばなしもどきウイーンふうにせぐわしふ)」…欧州/日本 空間超越3連作。クロロック公/百合男/薔薇子等 人名も華麗。
須永朝彦訳「死者の訪ひ」(スロヴァキア古謡)…不死者の恐怖を詠う古詩(原典にはある秘密が)。
菊地秀行×須永朝彦「対談 吸血鬼──この永遠なる憧憬」…吸血鬼界両雄の貴重交歓。トランシルヴァニア紀行から吸血鬼映画/小説談義へ。
菊地秀行「D──ハルマゲドン」…大河サーガ『吸血鬼ハンター"D"』外伝的短篇。鏤骨の散文詩風名文。
種村季弘「吸血鬼入門」…吸血鬼文学紹介先駆者の洒脱なコント風交流録。三島/澁澤/石原/瀬戸内の名も。
江戸川乱歩「吸血鬼」…吸血鬼=不死者=早すぎた埋葬を語るエッセイ。本邦初の吸血鬼文芸作品の由。
城昌幸「吸血鬼」…エジプト出自の謎めく女吸血鬼譚。
柴田錬三郎「吸血鬼」…同じく女吸血鬼譚乍ら猟奇凄愴酸鼻の極み。
日影丈吉「吸血鬼」…戦時アジアの妖気濃厚なこれまた女吸血鬼物。
都筑道夫「夜あけの吸血鬼」…ブラックユーモア含みの独特文体が効果的な凄艶母娘吸血鬼噺。
小泉八雲/平井呈一訳「忠五郎のはなし」…八雲が語る江戸期の女怪──而してその正体は?
日夏耿之介「恠異(くわいい)ぶくろ(抄)」…日夏が説くディオダティ荘顛末とその周縁。
ジョージ・ゴードン・バイロン/南條竹則訳「断章」…『吸血鬼ラスヴァン』所収「吸血鬼ダーヴェル」に相当する先行訳。
●ジョン・ポリドリ/佐藤春夫訳「バイロンの吸血鬼」…『吸血鬼ラスヴァン』所収表題作に相当。『犯罪公論』初出時(1932)の木村荘八挿画復刻。
●テオフィール・ゴーチエ/芥川龍之介訳「クラリモンド」…仏文女吸血鬼名作。『吸血鬼ラスヴァン』所収クロフォード「カンパーニャの怪」への影響如何に?
●マルセル・シュウオッブ/矢野目源一訳「吸血鬼」…小篇乍ら絢爛濃密な吸血鳥譚名品。
須永朝彦編「小説ヴァン・ヘルシング」…本家『吸血鬼ドラキュラ』を踏襲するかのように日記/書簡等で構成されたヘルシング誕生記録──がその真実は?
深井国「ドラキュラへの慕情」…挿画界大家が70年代に描いた耽美的吸血鬼イメージ小画集。

多彩な女吸血鬼の横溢等 本邦斯界創作史の豊饒を今にして痛感。編者に今後願わくは 現状古書入手難となっている『伝奇ノ匣9 ゴシック名訳集成 吸血妖鬼譚』 に初復刻されたガストン・ルルーの一大傑作「吸血鬼」(池田眞訳)の再録を何れの日にかと。
なお3年ほど先んじて刊行された『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』(藤原編集室編)には平井呈一訳ポリドリ「吸血鬼」(佐藤春夫訳「バイロンの吸血鬼」/ 平戸懐古訳「吸血鬼ラスヴァン」に相当)が収録されており 同一版元より同一作品の翻訳3種が相次ぎ世に出るという稀なる快事実現。

 

 

 

その東雅夫氏が『小説推理』8月号書評「幻想と怪奇」〈今月のベスト・ブック〉として『吸血鬼ラスヴァン』選出! (※ ↓ Web版)

【『吸血鬼ラスヴァン』の主眼は、『ドラキュラ』以前に書かれた吸血鬼小説(中略)の復権にある。】【本書の意義は大きいと云わざるをえない。】【とりわけ(中略)「黒い吸血鬼」(中略)「カンパーニャの怪」(中略)「魔王の館」あたりは、とにもかくにも必読。】と絶賛の嵐!!
また氏自身編纂の『吸血鬼文学名作選』紹介の中では【秘かな目玉と位置づけているのが、ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲の短篇「忠五郎のはなし」だ。】【〈吸血鬼不在〉と考えられてきた我が国において、おそらくは唯一の吸血鬼譚と云いうる物語なのだ。】【八雲によって見出されることを予期したかの如き、驚くべき物語である。】とのことで要刮目。

東氏に深謝 &『吸血鬼文学名作選』『吸血鬼ラスヴァン』共々に請フ御贔屓!

↓ 『吸血鬼文学名作選』(下段中央)と関連書籍群の一部が列席。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『吸血鬼ラスヴァン』発売!(※誤記のご報告あり)

G・G・バイロン、J・W・ポリドリほか『吸血鬼ラスヴァン 英米古典吸血鬼小説傑作集』(夏来健次 平戸懐古 編訳 / 東京創元社) 5月末発売!

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488011154

装幀 山田英春氏 装画原画コルネリス・フロリス(Cornelis Floris 16世紀フランドルの彫刻家/建築家の由)。

 

 

※誤記のご報告  本書中『吸血鬼ヴァーニー』扉裏ページ(p78)の作者紹介文冒頭 作者名「ジョン・プレスケット・プレスト」とあるのは「トマス・プレスケット・プレスト」の誤りです。読者の皆様に謹んでお知らせをさせていただきますと共にお詫び申し上げます。文責 夏来

 

以下 収録作 邦題/原題/発表年/作者名のみですがご紹介(★印 本邦初訳作)。


吸血鬼ダーヴェル──断章 Fragment of a Novel(1819) ジョージ・ゴードン・バイロン(George Gordon Byron) 平戸懐古 訳

 

吸血鬼ラスヴァン──奇譚 The Vampyre: A Tale(1819) ジョン・ウィリアム・ポリドリ(John William Polidori) 平戸懐古 訳
          

黒い吸血鬼──サント・ドミンゴの伝説 The Black Vampyre: A Legend of Saint Domingo(1819)★ ユライア・デリック・ダーシー(Uriah Derick D'Arcy) 平戸懐古 訳
          

吸血鬼ヴァーニー──あるいは血の晩餐(抄訳) Varney the Vampire: or the Feast of Blood(1847)

          ジェイムズ・マルコム・ライマー(James Malcolm Rymer) トマス・プレスケット・プレスト(Thomas Preskett Prest) 夏来健次

 

ガードナル最後の領主 The Last Lords of Gardonal(1867)★ ウィリアム・ギルバート(William Gilbert) 平戸懐古 訳
          

カバネル夫人の末路 The Fate of Madame Cabanel(1873)★ イライザ・リン・リントン(Eliza Lynn Linton) 平戸懐古 訳
          

食人樹 The Man-Eating Tree(1881)★ フィル・ロビンソン(Phil Robinson) 夏来健次
          

カンパーニャの怪 A Mystery of the Campanga(1886)★ アン・クロフォード(Anne Crawford) 夏来健次
          

善良なるデュケイン老嬢 Good Lady Ducayne(1896)★ メアリ・エリザベス・ブラッドン(Mary Elizabeth Braddon) 夏来健次
          

魔王の館 The House of the Vampire(1907)★ ジョージ・シルヴェスター・ヴィエレック(George Silvester Viereck) 夏来健次


以上 全10作(内本邦初訳7作) 最後の「魔王の館」のみB・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』(1897)以後の作。

なお 巻末の平戸懐古氏による「解説──ドラキュラ伯爵の影の下に」は 名作『ドラキュラ』の絶大な呪縛力からの解放を試みる野心的評論で 11番目の収録作に匹敵する力篇。夏来の「序文──バイロン男爵の光の下に」はこれに触発され(タイトルも)執筆。

 

また 平戸氏のブログ【懐古文庫】↓ にて 本書の概要を詳細に且つ面白く書いてくださっていますので 是非ご覧いただきたく。

 

 

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