『クトゥルフ神話掌編集 2015』/ 東雅夫 編『リトル・リトル・クトゥルー 史上最小の神話小説集』

クトゥルフ神話掌編集 2015』(Kindle版 2015クトゥルフ書房) 読。 

クトゥルフ神話掌編集 2015

クトゥルフ神話掌編集 2015

 

1000字以内による文字通りの掌篇クトゥルフ神話競作集。プロ・アマ問わず19作家(含 黒史郎)の43作品収録+6イラストレーター(含 海野なまこ)が参加。各作で扱われている神話要素が其々の末尾に付記されている点がユニーク且つ親切。その付記自体がある種の〈落ち〉の役割を負って作品の一部化している例も。個人的には──意味やテーマを完全に理解できたか否かは別にして──ほぼ全作に何らかの〈神話的興趣〉を感じることができたが その中でも敢えて挙げれば──落としどころに快感ある 葦原崇貴「邪神パズル」結末で世界が反転する 寺田旅雨「嗚呼、我らに栄あれ!」同じく寺田旅雨のオリジナル邪神篇「冥き沼のガトゥナース」SF型神話として新鮮な 武居隼人「バベル」ノンシャランな1人称体が心地よい もっけ「ハードラック」ラノベ調?が効果的な フジムラ「ユゴスより来たの?」何気ない日常感が秀逸な aco「目覚めの朝」荘重文体のグロテスク描写が迫力の 中沢敦「アフター・ジ・アフタ」旧仮名のですます調による淫靡譚 芥邊龗史朗「渇き」──等がとくに私的好篇。また作家の個性において最注目は 松村佳直で 精緻な古文調「奇異の獄」七五調の「お父を待ちながら」(=タイトルは某高名小説のもじり) 詩的抒情篇「永訣の朝」の3作とも自在な文体遊戯 見事。
ただ 遺憾乍ら当方の既成クトゥルフ神話読書量が充分でないため 前述したように 何らかの感興は得られたとしても 作品の意味やテーマが(神話要素の付記によってさえも)直ちには把握できない例多々あり。ジャンル内知識の不足が十全な味読を阻むのは ある意味で(どんな分野でも言えるにせよ)クトゥルフ神話の弱点の1つかもしれない。が同時にそれが逆にジャンルとしての強みにもなりうるだろう──神話系ゲーム人気のお陰で案内書やネット情報が非常に充実している分野であるだけに 読後に知識不足を補完することは決して難しいわけではなく それをよすがとして未知の神話作品へと読み進んだり 自分の神話世界観を拡大させたりできる可能性が展けているのだから。またこの〈神話要素〉なるものは 読む側にとって以上に それをどう扱うかにおいて当然乍ら神話創作者側にとってこそ特段の難しさが伴う問題であるに違いなく ひょっとすると文学フリマ等にこの分野の同人誌が(残念乍ら)意外なほど少ないことにも関係しているのかも?…

 

この電子版『掌編集』シリーズには続巻として『2016』(一部作品のみ既読)があるが その前に先ずこうした掌篇神話創作運動の端緒となったと目される『リトル・リトル・クトゥルー 史上最小の神話小説集』(東雅夫 編 2009学研)を今更乍ら読。

https://hon.gakken.jp/book/1340379800 

リトル・リトル・クトゥルー―史上最小の神話小説集

リトル・リトル・クトゥルー―史上最小の神話小説集

 

こちらはさらに短い800字以内を条件とした競作集。プロ・アマ問わずは同じで(含 新熊昇 黒史郎 朱鷺田祐介 内山靖二郎) 共通している作家も一定数いるが 各作の神話要素についての付記等がないのが『掌編集』との大きな相違点(後者はそれに鑑みて付記を加える方針にしたのかも)。また明確に分けられているわけではないが どうやら類似傾向作群ごとに緩やかにグループ化されていると思しく テーマや雰囲気の似通った作品を続けて読めるようになっているのが理解や比較の助けとなる。「おわりに」によれば 元々は同じ東雅夫氏編による他社の〈てのひら怪談〉を契機として発案&公募したものとのことで 作数は『掌編集』の倍以上(応募総数254の内 入選収録111)。その中から最優秀賞1篇(黒史郎「ラゴゼ・ヒイヨ」) 優秀賞3篇 編集長特別賞1篇 佳作5篇 が選ばれている。
全作通読しての個人的好みは 葦原崇貴「Radio Free Yuggoth」金子みづほ「海の箱」沙木とも子「みどりご」鈴木文也「解き放たれたもの」有味風「排水口の恋人」新熊昇「アルハザードの娘」「あしたもおいで、サミュエル・パーキンス」夢乃島子「双生児」勝山海百合「水の歓び」阿部達明「白猿」迷跡「消えた絵日記」君島慧是「自我の海」「岬にて」「それは長く遠い緑」「新しい生活」推定モスマン「同人誌ネクロノミコン」中沢敦「ウレドの遺産」「宴の果てに」内山靖二郎「刻まれた業」不狼児「ピサの斜塔はなぜ傾いたか」朱鷺田祐介八重洲十三座神楽」武居隼人「失われた書簡」神無月渉「スパイN」矢内りんご「閲覧者」葉越晶「細密画」斧澤燎「惑星Xの使徒」鳴神月拓也「不断の探求者」白ひびき「蔵」大黒天半太「嘘八百」寺田旅雨「ホンダのバイク」猫乃ツルギ「お粗末な召喚」平金魚「魚屋にて」酒月茗「食品汚染」松村佳直「ぱしゅん」加楽幽明「漂流物」桜井文規「失色」黒史郎「海底からの悪夢」等。
こちらでも読む側が作中の神話要素に関して無知なため 充分には読解の行き届かない場合が多いが 中にはそれを見越してか  作中での神話要素の明示抜きでも 小説としてのアイデアや文章の力のみによって佳き〈神話的興趣〉を生んでいる例も少なからずあり(最好例は 君島慧是の諸作) そこにこそ神話創作の可能性が潜んでいそうに思わせられた点は大いに示唆的。