カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』

カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』(高沢治 訳 創元推理文庫 2019/6月刊)読。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488118464

f:id:domperimottekoi:20200121093212j:plain

縁あって拝領の書。20世紀米国本格ミステリーの大家ジョン・ディクスン・カーの別名義による3作目/名探偵ヘンリ・メリヴェール卿シリーズ2作目に相当する長篇。〈白い僧院〉と呼ばれる屋敷で人気女優マーシャ・テイトが殺害され 現場を囲む積雪には発見者の足音のみ残り犯人の形跡なし。映画監督や俳優始め被害者を巡る関係者複数が容疑者候補となるも 状況の謎を崩せねば犯行実証できず。ロンドン警視庁マスターズ警部らの当局捜査難航の中 奇矯な探偵H・Mことメリヴェール卿は如何に真相を解き明かすか… 所謂〈雪の密室〉不可能犯罪パズラーの古典の名に恥じない精緻且つ大胆なトリックと 単に物理的面だけでない人間心理/行動の綾をも組み込んだ舞台造形の見事さ+更なる事件によって謎が深まったのち終盤に至って急激に氷解する展開の劇的さも鮮やか。「単純明快だが盲点をついていてやすやすとは見破れない──まさにトリックの理想型」(=森英俊解説より)。事件解決の立役者メリヴェール卿は容貌魁偉(怪異?)な上に性格も発言も極めて独善的でキャラクター面では必ずしも快からぬ人物だが 複雑な問題の解明叙述にはその独善性自体が大きく奏効(当然それゆえの人格設定とも)。──そうしたミステリー面での面白さに加え 個人的には〈映画女優〉という存在の妖しさが軸となる点に魅力感得(話題の某ハリウッド新作大作映画のモデルとなった女優と本作の被害者の姓が偶然同じなのも一抹の妙)。
創元推理文庫にはこれまで厚木淳訳で入っていたが 長らくの品切れ期ののち 本書帯にあるように今般〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉の第6弾として高沢治訳で企画された由。刊行後間もなく増刷出来とのことで慶賀。

他社版では『修道院殺人事件』の邦題で嘗てポケミスにあったようだが現在はなし。 

 

…というわけで 本書訳者 高沢氏による他のカーター・ディクスン/H・M物(全て創元推理文庫)もこの機に連続読(一部再読)。
『黒死荘の殺人』(2012)──南條竹則氏との共訳乍ら高沢氏の初登板となった作で 同文庫では初刊行となる(ハヤカワ文庫では『プレーグ・コートの殺人』の邦題で既訳あり)。ディクスン名義第2作/H・M初登場作。降霊会での密室殺人をテーマとし 怪奇趣味と秀抜なトリック&犯人の意外性とが相俟ち「カーの最高傑作と称しても過褒ではあるまい」(=戸川安宣解説より)。邦題は往年の平井呈一訳『黒死荘殺人事件』(講談社文庫)に因む模様。個人的には南條氏より恵贈され 当時初読。
『殺人者と恐喝者』(2014)──高沢氏初単独訳。同文庫 長谷川修二訳(1959)以来長年の雌伏(但し2004年原書房ヴィンテージ・ミステリ・シリーズで森英俊訳あり)を経ての新訳。こちらは降霊会ならぬ催眠術実演会での殺人を扱い これまた愕きに富む傑作。麻耶雄嵩解説。
『ユダの窓』(2015)──印象的なタイトルが有名な密室ミステリーであると同時に H・Mが本職(弁護士)の手腕魅せる法廷小説面も持つ力篇。これも意外や同文庫初刊。個人的にはマイケル・スレイド『髑髏島の惨劇』(2002)訳出の際ハヤカワ文庫版を参考に(但し現在新刊での入手可は創元版のみ)。巻末に瀬戸川猛資 鏡明 北村薫 齋藤嘉久 戸川安宣の5氏による座談会。
『貴婦人として死す』(2016)──崖からの男女墜死事件の謎。ある意味でのテキストトリック趣向を擁す異色篇にして隠れた秀作。同文庫初刊。山口雅也解説。
これらH・Mシリーズの秘めたる特徴として ケン・ブレークが語り手となる一人称(『黒死荘…』『ユダ…』)や狂言廻しのいる三人称(『白い僧院…』『殺人者…』)やその他(『貴婦人…』)があって叙述法が一律でない/またワトスン(orライバル)役マスターズ警部登場せずの場合もあり(『ユダ…』『貴婦人…』)等を今般認識。なお同文庫での同シリーズで現在新刊本入手可なのは他に『かくして殺人へ』(2017 白須清美訳)『九人と死で十人だ』(2018 駒月雅子訳)があり 共に他社版(新樹社&国書刊行会)からの文庫化(遺憾乍ら共に未読)。

 

因みに高沢氏は南條氏と同じく東大出身(1年年長)で 活字媒体での初翻訳は『季刊 幻想文学』誌初掲の南條氏との共訳によるフランシス・トムスン短篇「闇の桂冠」(国書刊行会版『英国怪談珠玉集』収録)と思しく 弊ブログ子はそれにより名前を知るのみだったが『黒死荘…』の頃に某パーティーで南條氏の紹介により面識を得。温厚人柄と達意訳術に敬服。また担当編集者が偶々J・T・ロジャーズ『赤い右手』(同文庫)と同じだったこともあり『白い僧院…』巻頭の事件現場略地図に『赤い…』での描法が踏襲されているのは秘かに嬉。 

 

白い僧院の殺人【新訳版】 (創元推理文庫)

白い僧院の殺人【新訳版】 (創元推理文庫)

 
黒死荘の殺人 (創元推理文庫)

黒死荘の殺人 (創元推理文庫)

 
殺人者と恐喝者 (創元推理文庫)

殺人者と恐喝者 (創元推理文庫)

 
ユダの窓 (創元推理文庫)

ユダの窓 (創元推理文庫)

 
貴婦人として死す (創元推理文庫)

貴婦人として死す (創元推理文庫)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.