稲羽白菟『仮名手本殺人事件』

稲羽白菟『仮名手本殺人事件』(原書房ミステリー・リーグ 2020/2月刊)読。

http://www.harashobo.co.jp/book/b497777.html

【 歌舞伎「忠臣蔵」の上演中、衆人環視の舞台上で絶命した役者。さらに客席にも男の死体が発見される。いずれも毒殺だという。不可能状況と現場に置かれた「かるた」。役者一家の錯綜する素顔が過去の因縁を呼び寄せる。書き下ろし長編。

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https://twitter.com/nuenumanumenu/status/1234287655308779520

第9回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞準優秀作『合邦の密室』に続く劇評家探偵 海神惣右介(わだつみそうすけ)シリーズ長篇第2作(短篇では競作集『三毛猫ホームズと七匹の仲間たち』収録作「五段目の猪」あり)。
『合邦…』は瀬戸内海の小島を舞台にした文楽の世界テーマの本格ミステリーだったが 今作では古典芸能の中心とも言える歌舞伎の世界のさらにその中心である歌舞伎座で起こった連続殺人が題材。
タイトルの〈仮名手本(かなでほん)〉とは史実上の赤穂義士討入事件を素材に時代・人物名を変えて虚構化した江戸期以来の重要演目『仮名手本忠臣蔵』であり それが本篇ストーリーにどう絡むかが最大の読みどころ。序盤から70ページ過ぎまで舞台上で演じられる『忠臣蔵』の筋の一部が延々台詞とト書きで進行し その過程で演者が殺害される第1の事件発生。まさに衆人環視状況 且つ上演最中とあってこれ以上ない外連味。が状況設定としてのみ歌舞伎が使われているわけではなく『忠臣蔵』物語の深奥に潜む秘密が終盤の真相解明に至って殷々と響いてくる点が最眼目となる。世襲神聖視の特殊世界に生きる人々の血と恩讐と愛憎の綾が歴史の彼方にまで及ぶところが凄絶にして深遠。
と同時に所謂梨園の華やかさもリアル表現。主要人物陣をなす芳岡一族は架空の家柄乍ら歌舞伎界のみならず映画界や舞踊界や新派演劇等でも活躍している設定で しかも序盤の『忠臣蔵』興行では実在の名優 中村勘三郎(故十八代目と思しい)や尾上菊五郎(現七代目と思しい)も登場し華を添える。歌舞伎座の座席表(但し改築前の)まであり 未体験者にも臨場感(&手がかりともなる)。
他の趣向としては 中盤過ぎにある人物による「當浮世(とうせい)四谷怪談」なる作中作小説?が挿まれ かの有名怪談が如何に関わってくるかも妙味。また〈仮名手本〉の語は元来いろは歌を意味し(47文字→四十七士)その点も事件に一筋絡む(『忠臣蔵殺人事件』でなく敢えて『仮名手本殺人事件』なのはこのゆえかも?)。
パズラーとしては真犯人の意外性が大きく 目星をつけていた方向性から見事騙され。名探偵 海神惣右介は今回も奇矯や衒学に走らない好漢で 土御門刑事ならずとも?読者も安心して捜査を任せられる。
スケール感&悲劇性&それらを支える説得力いずれも秀抜で 第1作超える傑作。 

仮名手本殺人事件 (ミステリー・リーグ)

仮名手本殺人事件 (ミステリー・リーグ)

  • 作者:稲羽 白菟
  • 発売日: 2020/02/22
  • メディア: 単行本
 

 


因みに本作での歌舞伎座は解体新築される直前期で(それが滅びと再生を象徴するようでもある)── 検索すると現実世界の歌舞伎座は2010年に最終公演が催されたのち旧建物が取り壊され 2013年に建て替え完了して現状になった由で 作中では明示されていないがこのお話も2010年の出来事と思われる。してみると第1作『合邦の密室』はそれ以前の事件になるわけで 両作共そこはかとなくレトロ感を漂わす(現在の先端時流をあまり追わない等)のはそんな理由もあったのでは?──
──などと穿つのは実は野暮で フィクションである以上歌舞伎座勘三郎菊五郎も全て空想上のものとして愉しめばそれでいいのかもしれない…

 

 

 

 

 

 


余談 : 個人的には新旧問わず歌舞伎座を訪れたことはなく 歌舞伎自体も新潟在住時に九代目松本幸四郎&七代目市川染五郎(=現 二代目松本白鸚&十代目松本幸四郎)父子による『勧進帳』巡演を一度観た(但しサワリのみ&解説付き)に留まり 当然乍ら『仮名手本忠臣蔵』は観劇経験がないが ただ子供の頃大河ドラマ第2作『赤穂浪士』(1964)に何故か惹かれ視ていた(と言い乍ら細かい記憶は殆ど脱落)のが契機となって その後は忠臣蔵系大河(『元禄太平記』『峠の群像』『元禄繚乱』)や『大忠臣蔵』(1971)等民放系までかなり熱心に視て各作の相違比較を好み 近年の上京以降は旧作映画も幾つか劇場観覧(『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』松竹版&東映版『槍一筋日本晴れ』『元禄忠臣蔵』等)。

未見の歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』は大星由良之助等人物名が史実と異なるとの仄聞のみだが 今回の『仮名手本殺人事件』の芝居引用でその一端に触れられ収穫。吉良上野介に相当する高師直については 大河『太平記』(1991)に登場した史実上の同名人物(演 柄本明)の悪役ぶりが強印象。

四谷怪談〉系についても歌舞伎『東海道四谷怪談』が赤穂事件とリンクするらしいと聞き齧り乍らもその面での実見は映画『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(1994)のテレビ放映?視聴のみだが 〈四谷怪談〉一般ではやはり上京後 旧作映画数作観覧(『東海道四谷怪談』『怪談お岩の亡霊』『四谷怪談』等)。

 

 

蛇足 : 大河『赤穂浪士』での子供心の最記憶は 浪人 堀田隼人(演 林与一) その女 お仙(演 淡島千景) 盗賊 蜘蛛の陣十郎(演 宇野重吉)だが 3人共 千坂兵部の間者とは認識せず(大佛次郎の同題原作は今に至るも未読)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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