エレン・ダトロウ編『ラヴクラフトの怪物たち 下』

エレン・ダトロウ編『ラヴクラフトの怪物たち 下』(植草昌実 訳 新紀元社 2019/12月刊)読。

http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-1751-8/

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昨年9月刊行された『ラヴクラフトの怪物たち 上』の続巻。中短篇8作+詩2篇+「怪物便覧」の構成。上巻同様既成のCthulhu神話観に囚われない個性的作品群。

トマス・リゴッティ「愚宗門」…シュールな変異幻想譚。ラヴクラフトアウトサイダー」を彷彿させる静かな恐怖。
ケイトリン・R・キアナン「禁じられた愛に私たちは啼き、吠える」…グールと半魚人の禁断の恋。ブライアン・マクノートン「食屍姫メリフィリア」(『ラヴクラフトの遺産』所収)に通じそうな愛すべき悲劇。
ハワード・ウォルドロップ&スティーヴン・アトリ―「昏い世界を極から極へ」…フランケンシュタインの怪物が地球全域で冒険する破天荒な物語。スケールの大きさ&想像力の飛躍随一。
ティーヴ・ラスニック・テム「クロスロード・モーテルにて」…血と砂のイメージによるアポカリプス的光景。
カール・エドワード・ワグナー「また語りあうために」…ホラー作家たちに絡む謎の〈黄色い影〉。作者自身の関わる実世界パロディの感。
ジョー・R・ランズデール「血の色の影」…異形のハードボイルド。常にジャンルの別を問わない迫力の作劇健在。
ニック・ママタス「語り得ぬものについて語るとき我々の語ること」…既成Cthulhu系怪物の名(ショゴス)が明快に登場する貴重作。
ジョン・ランガン「牙の子ら」…祖父が孫に語る秘密の過去。怪しい冷凍庫が効果的な集中最長の力篇。
他にジェマ・ファイルズの詩「塩の壺」「腸卜(ちょうぼく)」。

編者ダトロウによると思しい「怪物便覧」は所謂邪神とその眷属を独自視点で解説し且つ上下巻通じ各作の関連怪物を挙げている点が有難し(作中では明示されない場合が多いため)。また「寄稿者紹介」も編者によるようだが訳者による補足もあり有益。
菊地秀行による「解説──かくも多き邪神」は本書(上下巻通じ)の意義を考える上で極めて示唆的。「作家が個性的であればあるほど、扱うテーマや素材がその個性に馴染んでいくのは当然で、逆の場合はあり得ない」として編者の方向性に理解を示す一方で「我々は常に、偉大なる始祖の掌で遊んでいる子供にすぎぬのだ」と結んで始祖ラヴクラフトの忘れ難さを強調する平衡感覚は流石。
植草昌実の「訳者あとがき」はこれら新感覚の作品群を〈ラヴクラフティアン・フィクション〉と紹介し既成Cthulhu神話概念に寄りかからない訳し方の宣言も頼もしい。個人的には所謂翻訳調を脱し切った読み易く流麗な訳文に脱帽。 

ラヴクラフトの怪物たち 下

ラヴクラフトの怪物たち 下

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新紀元社
  • 発売日: 2019/12/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
ラヴクラフトの怪物たち 上

ラヴクラフトの怪物たち 上

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新紀元社
  • 発売日: 2019/08/31
  • メディア: 単行本
 
ラヴクラフトの怪物たち ライトノベル 1-2巻セット

ラヴクラフトの怪物たち ライトノベル 1-2巻セット

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』

スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』(三角和代 訳 文藝春秋 2019/8月刊) Kindle版 読。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163910482 

イヴリン嬢は七回殺される

イヴリン嬢は七回殺される

 
イヴリン嬢は七回殺される (文春e-book)

イヴリン嬢は七回殺される (文春e-book)

 

森に囲まれた館・曰くありげな名家一族・仮面舞踏会・狙われる令嬢・タイムループ・人格転移…と 宛ら近年の国内若手本格ミステリ作家を思わせる特殊設定の坩堝感横溢。錯綜する展開があまりに複雑で 論理を納得しつつ追うのは前半途中で早くも断念せざるを得ず(鈍い頭がついていけずorz)。が読み進むうちに最大の眼目は寧ろ理屈を超えた眩惑性・酩酊感にこそありそうと得心。英国作家によるお屋敷舞台小説乍ら 悠長な衒学披歴や趣味談義に陥ったりすることなく 常に緊迫を孕ませる筆運びは 理解行き届かずも決して退屈を招かず好感。頭の切れ過ぎる名探偵が偉そうに裁くわけでないのも佳点。訳者あとがきで触れられているように 映画『インセプション』にも通じる時間世界への目くるめく冒険行 あるいは『不思議の国のアリス』的不条理への墜落感が 軈てはある種の陶酔にまで高まるかと思わせつつ その果てに ミステリ的な考え抜かれた意外性が待ち受けており感嘆(当然意外であろうとは予期し推測試みていたが その裏をかかれ)。

これだけの難解な筋立てを理路整然とした日本語に移した腐心が偲ばれるが 加うるに…──人格移動が頻繁に起こる物語と雖も原語では勿論一人称の自称は全て「I」に相違なく また言葉遣いも各人それほど大きな落差はなかろうが それらを邦文では言うまでもなく性別・年齢・社会的立場等によって表記に変化を持たせねばならないわけで ある意味原文以上の工夫が必要だった筈であり その点でも訳者の労が思いやられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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H・P・ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて』森瀬繚 訳

H・P・ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて 新訳クトゥルー神話コレクション4』(森瀬繚 訳 2019/9月刊 星海社FICTIONS) 読。

 http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000323111

北極星(ポラリス)」から「未知なるカダスを夢に求めて」に到る 地球の夢の深層に広がる異世界〈幻夢境〉が舞台の幻想譚と ラヴクラフトの分身とも言える〈夢見人〉ランドルフ・カーターが夢と現にまたがる脅威に直面する「ランドルフ・カーターの供述」以下の作品群を完全に網羅した 実に17篇を収録。永劫の探求を果てに 夢見人の眼前で今〈窮極の門〉が開く――!】 

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『クトゥルーの呼び声』『『ネクロノミコン』の物語』『這い寄る混沌 に続く叢書第4集。収録作は ダンセイニ卿の影響下に書かれた(※「北極星」を例外として)幻夢境関連短篇作群──「白い船」「サルナスに到る運命」「恐ろしい老人」「ウルタールの猫」「セレファイス」「永劫より」「イラノンの探求」「蕃神」「霧の高みの奇妙な家」──および 詩「夢見人へ。」「忘却より」断章「アザトース」(=構想長篇冒頭部) 並びにランドルフ・カーター登場作「ランドルフ・カーターの供述」「名状しがたいもの」「銀の鍵」と それらの集大成的長篇「未知なるカダスを夢に求めて」&中篇「銀の鍵の門を抜けて」(=知己作家プライスとの共作)+プライス単独作「幻影の君主」…の陣容。HPLのファンタジー作家面の全景を一望でき クトゥルー神話面でも重要語の初出作多し(ナコト写本=「北極星」キングスポート=「恐ろしい老人」フサンの謎の七書=「蕃神」夜鬼=「未知なる…」ノーデンス=「霧の…」等々)。巻末の「幻影の君主」は「銀の鍵」に触発されたプライスの筆になる作で 本邦初訳と思しい。HPLは手厳しく批評しつつ「銀の鍵の門を抜けて」へと改作した由で 比較するとたしかに物語としての豊かさは格段増強の感。(なお わが国では通例ホフマン・プライスと略称されるが 本書では正式名エドガー・ホフマン・トルーパー・プライスで通している)

個人的最関心は ブライアン・ラムレイタイタス・クロウ・サーガ》との関連で とくに同サーガ第3長篇『幻夢の時計』は幻夢境(※同作邦訳では〈地球の夢の国〉)を舞台としてランドルフ・カーター/クラネス/アタル等々の人物を借用登場させているだけに 本書収録諸作とは抜き差しならない深い関係にある。サーガ全般においても 例えばクロウの盟友アンリ=ローラン・ド・マリニーは「銀の鍵の門を抜けて」に登場する神秘家エティエンヌ=ローラン・ド・マリニーの子息設定でラムレイが創作した人物であり そのアンリがのちに武器とする時空往還機は 棺型の謎めいた時計として同作で初出し重要な役割を果たしている。またラムレイにはヒーロー&エルディンのコンビを主人公とする《ドリームランド3部作》もあり(※同コンビはクロウ・サーガ最終巻『旧神郷エリシア』にも登場)そちらは終始幻夢境をテーマとしており HPLのこの側面からの並々ならない強い感化を窺わせる。因みに同3部作は本叢書と同じ森瀬繚 訳により青心社より刊行予定と仄聞。
本書も前3巻の例にたがわず 訳注/解説/地図/年表/索引 等の充実度&凝り度は類書を圧倒し とくに今回は中山将平 画による〈幻夢境の外部世界(アウターワールド)〉のカラー地図が特筆物(※幻夢境は地下にも広大な空間を擁するため 地上界を敢えて外部と呼ぶ模様)。各作邦題や重要語の訳語選択も相変らず細心。目を惹いた例を挙げれば 幻夢境に棲む芋虫型種族ドール族(Dholes)は正しくはボール族(Bholes)であるとしてそちらの表記を用いている。既に前者で人口に膾炙しているため クトゥルー神話全般での改正は困難だろうが(ラムレイも前者採用) 鼻祖HPLによる謂わば聖典(カノン)の新訳紹介としては意義あるものと。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『ネクロスコープ』Amazon評にanz862氏見参!

ブライアン・ラムレイ『ネクロスコープ』にZEPHYROS氏以来久々にAmazon評! 

 

待望の評者はanz862氏!

以下サワリ…

上巻《死者にまつわる能力者たちの戦いの序曲》【 タイタス・クロウ・サーガの頃から良くも悪しくもその奇想天外な発想に目を引かれていたが、このシリーズでまたしても同様かそれ以上に心が沸き立った。】…このあと ハリー・ポッター・シリーズとの比較等もあり…

下巻《強大な超常能力者同士の戦いとその結末》【 恵まれすぎに見える主人公ハリーに対する感情移入が少なからず減じたことは否めず、クライマックスに向けての高揚感にわずかながらブレーキがかかる感覚を覚えてしまった。】…と注文をつけつつも…

最終決戦は派手な超常能力も発揮され、スリリングで読みごたえのあるものだった。】…と絶讃 上下共★★★★★! 感激深謝!

 

 

因みにanz862氏は『クトゥルフ神話掌編集2016』に「揺籃の繭」を寄稿。またリレー創作クトゥルフ神話『A Last New Year』↓ …

https://note.mu/zephyros/n/n0e63273a08d3

https://note.mu/nue4381/n/n1b78d1390b70

…の第3回 執筆予定 期待高し!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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我孫子武丸『監禁探偵』

我孫子武丸『監禁探偵』(実業之日本社 10/17発売) 読。

https://www.j-n.co.jp/books/?goods_code=978-4-408-53742-9

【 デビュー30周年をむかえた新本格のレジェンドが、同名人気コミック原作を自ら小説化。言葉だからこそ表現可能な新しい物語が誕生! 人間心理の歪みに迫る、驚愕のミステリ!!】

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同著者原作/西崎泰正(にしざきたいせい)画のコミックシリーズ『監禁探偵』『監禁探偵2』(同版元 共に2013年発売)の小説版。『Webジェイ・ノベル』に2017~2019年にかけて連載後 加筆 単行本化の由。
コミック版『監禁探偵』は拉致凌辱を目的とする男によって監禁された少女が手錠で拘束された状態のまま殺人事件を推理するユニークな設定の安楽椅子(?)探偵 本格ミステリ漫画であり 同シリーズ『2』は「続編と言ってもまた監禁されてしまうのでは芸がない」(=同書原作者あとがきより)との趣旨から 同じ少女が事故/手術により入院&車椅子状態となって病院内の変死事件に挑む筋立て。今版の小説版ではこれら2作がほぼそのままのストーリーで長めの中篇(or短めの長篇)へノベライズされているが ミソはさらに第三話(+プロローグ&2幕間)が新たに加えられている点で これによりコミック版では直接的には相互関係していなかった従前の2話が新視点によって架橋され 全体で1つの長篇となると同時に 全く新たな大枠の背景が生成されているところが最注目点。

「第一話 山根亮太」美少女アカネを監禁する若者 山根亮太は つけ狙うもう1人の美女の殺害死体を偶然にも発見してしまう。警察に疑われないかと狼狽する亮太に 奇妙にもアカネが協力し 不思議なほどの鋭い推理力で事件の真相を解明していく。コミック版では絵の効果によって可愛らしさセクシーさが先行していた感のあるアカネが 小説での言語描写ではより強烈な〈名探偵〉面が増大。

「第二話 宮本伸一」轢き逃げに遭ったアカネは手術により助かるも 病院内でナースの変死事件が発生。その謎を ワトスン役研修医 宮本伸一と共に追究するうちに もう1つのより大きな〈事件〉までが明らかに。監禁犯が少女に翻弄される戯画的設定の効果が濃厚だった第一話に比し より暗澹とした人間/社会の暗部に肉薄。

「第三話 アカネ」失踪した天才美少女探偵を忘れられない亮太と伸一は 協力し合ってアカネの行方を追い やがて彼女にまつわる驚くべき秘密に辿り着く。エピローグ前のラスト数ページのサスペンスはまさに手に汗握らせるが その行き着く先の様相の激越さは心胆寒からしめる。

ここに至って 大枠物語は作者 我孫子武丸が《人形シリーズ》『殺戮にいたる病』等で深耕してきた人格/アイデンティティの問題に沈潜。コミック版での可笑し味/荒唐無稽さから 遥かに深刻/真摯な人間剔抉へと変転すると共に 総じて1つの作品としてのスケール/重厚さ増強 一躍今年のミステリの一大収穫となったのでは。傑作。

 

監禁探偵

監禁探偵

 
監禁探偵

監禁探偵

 

コミック版も新装 再発売。 

 

 

余禄 この際 未見だった映画化作品『監禁探偵』(2013 監督 及川拓郎 主演 三浦貴大 夏菜) GYAO! 視聴。原作から大幅アレンジ──と言うより 外殻のみ借りたほぼ別作品の体だが これはこれで充分面白し。主演2人名演 とくに夏菜 魅力発揮。

https://streaming.yahoo.co.jp/c/y/00918/v12139/v1000000000000000945/?rep=2

https://movies.yahoo.co.jp/movie/344619/ 

監禁探偵 [DVD]

監禁探偵 [DVD]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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A・ブラックウッド他『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』

A・ブラックウッド他『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫 2019/8月刊) 読。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488585082

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英米怪奇小説紹介の第一人者たる鬼才の訳業から精選した傑作集。珠玉短篇13作+付録(=対談 エッセー 書評等)。小説は出典別に並べられ 同テーマ作群ごとに読み進められる利点あり。以下収録順。
H・P・ラヴクラフトアウトサイダー」──20世紀世界怪奇小説史を主導する作家の短篇代表作。異形への恐怖心理を濃密無比に謳いあげた至高作。当初雑誌訳載時の邦題は「異次元の人」とのこと。
アルジャーノン・ブラックウッド「幽霊島」──この作家得意の大森林に材を採る〈純粋怪談〉(=人間的因果と無縁な純超自然譚の平井による呼び方の由)。50年代の《世界恐怖小説全集2》からの初再録で 本集成の目玉作品。
ジョン・ポリドリ「吸血鬼」──近代吸血鬼文学の魁となった里程標作。悪の魅力を放つ怪人の造形はドラキュラ伯爵の祖型。シェリー夫人『フランケンシュタイン』と並び〈ディオダティ荘の一夜〉の成果でもあり。
E・F・ベンソン「塔のなかの部屋」F・G・ローリング「サラの墓」F・マリオン・クロフォード「血こそ命なれば」──以上3篇はいずれも女吸血鬼物で 不死者(アンデッド)設定も共通するが 物語作りの個性差に妙味あり。ポリドリ作品も含めた4篇共 叢書《怪奇幻想の文学》『Ⅰ真紅の法悦』からの再録。
W・F・ハーヴェイ「サラ―・ベネットの憑きもの」リチャード・バーラム「ライデンの一室」(共に同叢書『Ⅱ暗黒の祭祀』より再録) M・R・ジェイムズ「"若者よ、笛吹かばわれ行かん"」J・D・ベリスフォード「のど斬り農場」(共に同叢書『Ⅳ恐怖の探究』より再録)──以上4篇は 趣異なり乍らも ある種の魔人的存在を巡る怪異譚群と言える。
F・マリオン・クロフォード「死骨の咲顔(えがお)」シンシア・アスキス「鎮魂曲」──共に呪われた命運の物語で 同叢書『Ⅳ恐怖の探究』より再録。
オスカー・ワイルド「カンタヴィルの幽霊──汎観念論的ロマンス」──ユニークな幽霊視点による諧謔と哄笑に溢れた集中最異色作。『牧神』誌3号より再録。
各作冒頭の作者&作品紹介(無記名だが企画編集担当 藤原編集室の筆と思われ)は 訳者平井自身による作品評価等 目を開かされる未知情報多々。
付録群の白眉は何と言っても平井vs生田耕作の長尺ゴシックロマンス対談「恐怖小説夜話」(『牧神』誌創刊号より再録)。時に逸脱交えつつも啓発力甚大。また伝説の同人誌『THE HORROR』(1964)掲載諸稿の初再録も貴重。紀田順一郎氏による巻末解説は平井の来歴や自らとの関わりを述懐しそれがそのまま海外怪奇文学移入史の概観となる。
今日では誰も真似できない一見ノンシャラン風な独特の訳文が実は推敲に推敲を重ねた末のものであり それゆえにこそ得られた超時代性と得心。1人の翻訳家そのものをテーマとしたアンソロジーはジャンル問わず珍しいに相違なく 創元では初かと。ウォルポール『オトラント城綺譚』始め未収録作による続巻が期待される。 

幽霊島 (平井呈一怪談翻訳集成) (創元推理文庫)

幽霊島 (平井呈一怪談翻訳集成) (創元推理文庫)

 

 

 

 


以下余談。個人的にはポリドリ「吸血鬼」を最重視。これでドラキュラ/カーミラ/ルスヴンの英国3大吸血鬼(※もう1つヴァーニーもありはするが)が同一文庫にしかも同じ訳者によって揃ったことになり慶賀。がそれ以上に肝心なのは 歴史的に重要な位置にあり乍ら文学的にはこれまで軽んじられがちだったことで 私見では緊迫と凄愴に富む傑作であると同時に 作者の数奇な運命と相俟って虚実に渡り触発性高く これを機に膾炙あれかしと。

因みに「吸血鬼」には他にも2種の既訳があり 1つは佐藤春夫訳(『ドラキュラ ドラキュラ』/『伝奇ノ匣9 ゴシック名訳集成 吸血妖鬼譚』所収) もう1つは今本渉訳(『書物の王国12 吸血鬼』所収)。ここでややこしいのは(本書中でも触れられているが)前者の実質訳者が他でもない平井呈一であること。つまり佐藤春夫の下訳を請け負ったのだが 実際には作家の手はほとんど入っていない模様で 事実上2つの平井訳が生まれる結果に。本書収録訳とは全く異なった擬古文調で これまた味読の価値あり。

 …実は弊ブログ子現在同版元での英米古典吸血鬼小説集を編纂中で ほぼ全篇を初訳物で占める中 唯一既訳のある作品がこの「吸血鬼」に他ならず(但しバイロン作「断章」付随予定)。嚆矢としての同作から頂点となる『ドラキュラ』の余滴に至るまでの血の変遷を辿る試みで 刊行順としては本書が先に出る運びとなったものの この作は企画の主旨上外せないので 同じ社から名訳が復活したあとにも拘わらず敢えて新訳を問わんとする次第。とは言え担当するのは共訳者 平戸懐古氏であり(既に訳出進行中)比較される洗礼は才能豊かな新鋭に任せることに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エレン・ダトロウ編 ニール・ゲイマン他『ラヴクラフトの怪物たち 上』

エレン・ダトロウ編『ラヴクラフトの怪物たち 上』(植草昌実 訳 新紀元社)読。

http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-1750-1/

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2014年刊の原著 LOVECRAFT'S MONSTERS(edited by Elen Datrow)邦訳の上巻。同編者によるラヴクラフティアン系アンソロジーの2冊目に当たり 1冊目では「ほとんどは書き下ろしの作品」(編者「はしがき」より)だった由だが 本書は(少なくともこの上巻は)主に他のホラー傑作集等より選定した作品から成る模様。既成の神話観に囚われない斬新さ優先の集成を目指すもののようで「(ラヴクラフトを)墓の下で切歯扼腕させるような」作品を探し集めた旨記している。

ニール・ゲイマン「世界が再び終わる日」──いきなり異色のハードボイルド調インスマス奇譚。現代に近い時代設定乍ら雰囲気は懐旧的詩情に富む。
レアード・バロン「脅迫者」──こちらも探偵主人公だが時代は遥か遡り舞台は西部。どう神話に絡んでくるか? と思わせつつ 軈てある怪しい展開へと…
ナディア・ブキン「赤い山羊、黒い山羊」──神話で山羊と来れば…と誘っておいて明示はしない寓話風幻談。
ブライアン・ホッジ「ともに海の深みへ」──これもインスマス現代篇だが ゲイマン作品と異なりアクチュアリティ漲る。神話版『シェイプ・オブ・ウォーター』?
キム・ニューマン「三時十五分前」──これまたインスマスだが ガラリ変わって洒落た都会派コント。タイトルは某ジャズ曲の歌詞から。
ウィリアム・ブラウニング「斑(まだら)あるもの」──パルプ風秘境怪異。触手を具えた探険ロボットがユニーク。神話要素は明示されないが ラヴィニアの名あり。
エリザベス・ベア「非弾性衝突」──妖しい天使姉妹の奇妙な遍歴譚。背後に昏い神話的世界観示唆。タイトルは小道具となるビリヤードに絡む科学用語。
フレッド・チャペル「残存者たち」──上巻最長の力篇。〈古きもの〉が蔓延する世界で生きる幼い兄妹と そんな地球の残存者への接触を図る異星人との交互視点記述。双方の未来は如何に…? 随所に〈テケリ・リ〉あり。

弊ブログ子を含め神話ファンは何より先ず神話要素こそに注目し過ぎな面を否めないが 敢えてそこに拘らず 新たな神話テイストを求める(その一方で書名どおり〈怪物〉は登場する)という編者の意図は この上巻を通じて徐々に感得。難解味の作品を含むも リズム感ある訳文の甲斐あって読み易さ例外なし。とくに個人的好みを挙げれば ストレートに緊迫感の昂まる「ともに海の深みへ」「残存者たち」か。東雅夫氏による解説「ゴジラVSクトゥルー!?」は怪物怪獣マニアの意気横溢。
年末に予定される下巻に更なる期待。

 

ラヴクラフトの怪物たち 上

ラヴクラフトの怪物たち 上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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