井上雅彦『珈琲城のキネマと事件』

井上雅彦『珈琲城のキネマと事件』(光文社文庫 2019/11月刊) 読。

https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334779382

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伝説的長篇『竹馬男の犯罪』(1993講談社ノベルス/2007復刊)以来四半世紀ぶりに上梓された本格ミステリーは 〈映画〉への愛と造詣をテーマとした連作短篇集(『ジャーロ』誌連載4篇+書き下ろし1篇)。都内某所に建つ風雅な趣(スパニッシュバロック式洋館)の元名画座茶店《薔薇の蕾》に集う強者常連客衆が 刑事・春夫と新聞記者・秋乃の持ち込む怪事件 奇事案を語りのみから解き明かす ある種の安楽椅子探偵譚集。

第1話「狼が殺した」……タイトル通り狼(狼男?)の仕業を思わす残虐な手口の密室殺人。ミスリード&伏線の妙が利き シリーズへの導入/紹介に相応しい一篇。
第2話「櫻屋敷の窓からは」……秋乃の友人の父が遂げた不可思議な最期。事件か否かも判とせぬ謎から過去の秘密が蘇る。満開の桜と飛鳥群のイメージ鮮やか。
第3話「赤い警官と未来の廃墟」……新客が語る幼時の不気味な〈赤いおまわりさん〉の記憶。映画・映像に絡んだトリックと相俟つ色彩感覚が読みどころ。
第4話「艶(あで)やかな骸骨のドレス」……天才的人形作家が招いた奇妙な出来事。体と心・生と死・美と醜…等の芸術的問題が映画をヒントに浮かびあがる。
第5話「蝙蝠耳と昭和のスマホ」……書き下ろし。深刻な事件はなくも『座頭市』『事件記者』等 往年のテレビ~映画に跨る名作への言及も楽しい余禄。

いずれも数多の蘊蓄が開陳され乍ら 決して徒に装飾的ペダントリ―に堕さず(所謂本格ミステリーにはなぜかその弊がままあるが)全て謎解き&筋運びの材として活かされているのが快し。映画を巡る智識は流石に多大で 高所的見地より寧ろ専門技術面への関心の深さが窺える点に屡々瞠目。各篇末尾に其々で言及された映像作品の紹介があり有益。『回転』『恐怖の足音』等 是非観たし。『サイコ』『鳥』『ロッキー』等 見方変わりそうな例も。

推理小説としての秀逸さにとどまらず 特有の詩情と郷愁が文章 作話 両面で味わえたのが何よりの収穫。作者が育った街東京の佳き情景描写も滋味。

ショートショート作家〉〈民俗学者〉〈記号論〉〈怪談系〉〈書店員〉〈グッズ屋〉〈怪奇俳優〉〈医学〉〈映写技師〉ら 愛すべき集団探偵との再会あれかし。

珈琲城のキネマと事件 (光文社文庫)

珈琲城のキネマと事件 (光文社文庫)

  • 作者:井上 雅彦
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/11/12
  • メディア: 文庫
 

 

2/6には神田神保町奥地にて著者による刊行記念談話&サイン会開催。

https://note.com/yurarosa/n/n13ba45ab914e

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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紀田順一郎・荒俣宏 監修『幻想と怪奇 傑作選』

『幻想と怪奇 傑作選』(紀田順一郎荒俣宏 監修 新紀元社 2019/11月刊)読。

http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-1760-0/

↓ 本書(下段中央)と 旧『幻想と怪奇』誌原本──上段右から 5号メルヘン的宇宙の幻想/6号幻妖コスモロジー日本作家総特集/7号夢象の世界/8号オカルト文学の展開/下段右から 9号暗黒の領域/10号現代幻想小説/11号幽霊屋敷/12号ウィアード・テールズ。(※各号表紙の数字は月号の意で 通号の数とは異なる)

1~4号は目下室内探索中…

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伝説の専門誌『幻想と怪奇』(1973~74 三崎書房~歳月社)に掲載された小説を中心に評論・レビュー・コラム等まで重要作を選抜して集成した異色の傑作集。「休刊から四十五年の今日までに書籍に収録された作品は多く(中略)本書ではそれらに比べても遜色のない書籍未収録作を中心に選んだ」(牧原勝志「《前説》幻の雑誌、ふたたび」より)との配慮が特色。巻頭の紀田・荒俣 両監修者による序文は往時の新誌誕生前後の経緯を生々しく語る。創刊は両氏からの働きかけではなく 叢書『怪奇幻想の文学』(新人物往来社 69年発進)の成功に触発された版元側からの提案だったとの話(紀田)や 誌名は江戸川乱歩が自作短篇集のために考えたタイトルの拝借との告白(荒俣)等瞠目。
小説は以下の12篇。
A・E・コッパード「ジプシー・チーズの呪い」(鏡明 訳 創刊号 魔女特集より)……珍しいチーズ奇譚。/ H・R・ウェイクフィールド「闇なる支配」(矢沢真 訳 2号 吸血鬼特集より)……子供と子守女の異常性愛。/ ウォルター・デ・ラ・メア「運命」(紀田順一郎 訳 同号より)……皮肉の利いた掌篇。/ R・エリス・ロバーツ「黒弥撒の丘」(桂千穂 訳 3号 黒魔術特集より)……悪魔と美少年の契約。/ アン・ラドクリフ「呪われた部屋」(安田均 訳 4号 CTHULHU神話特集)……特集外作。ゴシック長篇『ユドルフォの秘密』抜粋。怪異と合理の並立が探偵小説先駆感。/ エルクマン・シャトリアン「降霊術師(カバリスト)ハンス・ヴァインラント」(秋山和夫 訳 5号 メルヘン的宇宙の幻想特集より)……フランスの合名作家。華麗なオカルト思弁と恐怖。/ メアリ・W・シェリー「夢」(八十島薫 訳 7号 夢象の世界特集より)……ゴシック風舞台と乙女の夢想。/ E・ランゲッサー「子供たちの迷路」(條崎良子 訳 10号 現代幻想小説特集より)……ドイツ作家。戦時背景の家族と子供の恐怖心。/ アルジャナン・ブラックウッド「別棟」(隅田たけ子 訳 11号 幽霊屋敷特集より)……幽霊以上の存在を思わす独自怪異観。/ 石川鴻斎「夜窓鬼談」(琴吹夢外 訳 6号 幻妖コスモロジー 日本作家総特集より)……明治の詩文家。澁澤・鏡花も底本としたという名著から抜粋の漢文和訳。鬼神・牡丹灯籠・冥府。/ 桂千穂「鬼火の館」(同号より)……著名脚本家兼怪奇翻訳家による創作。洋館に住む未亡人を見舞う心霊悲劇。/ 山口年子「誕生」(同号より)……現在は幻の作家となった女流名手。名家令嬢を襲う恐るべき運命。

以下は評論他。
紀田順一郎「人でなしの世界 江戸川乱歩怪奇小説」……乱歩「人でなしの恋」とM・R・ジェイムズ「ポインター氏の日録」の精細な対比論が白眉。/ H・P・ラヴクラフト「我が怪奇小説を語る」(団精二荒俣宏 訳)……書簡訳出紹介。HPL後年の某有名作の萌芽が示唆的。/ 落合清彦「日本怪奇劇の展開─闇の秩序を求めて─」……小平次皿屋敷等の江戸期怪奇劇から現代(=当時)のテレビ番組まで言及。/ 荒俣宏「閉ざされた庭─または児童文学とアダルト・ファンタシィのあいだ─」……残酷人形劇『パンチとジュディ』から説き起こす子供対大人幻想文学論。未訳期の『ゴーメンガースト』(M・ピーク)にも触れ。/ 草森伸一「胡蝶の夢─中華の夢の森へ(Ⅰ)」……中国古代詩集『詩経』から発する夢論。/ 秋山協介=鏡明「地下なる我々の神々 1~4」……口語体が小気味よいオカルト系アメリカ文化論。/ 「ホラー・スクリーン散歩」瀬戸川猛資『激突!』石上三登志『怪物団(フリークス)』……共に個性的視点の映画評。/ 「幻想文学レヴュー」山下武『ブラックウッド傑作集』(創土社)   石村一男『ベスト・ファンタジー・ストーリィズ』……訳書&洋書の書評。因みに前者は往年の名コメディアン柳家金語楼の子息。/ 麻原雄「挿絵画家アーサー・ラッカム」「囚われし人 ピラネージ」……共に刺激的美術紹介。実作図版多数。

小説評論共にいずれも今日でも啓発性大だが 敢えて個人的最印象を挙げれば「誕生」「地下なる我々の神々」「囚われし人 ピラネージ」か。

末尾に当時の寄稿者中3人の新稿掲載。桂千穂(インタビュー)「誰もやっていないことを」鏡明(エッセー)「『幻想と怪奇』という試みについて。」安田均(エッセー)「『幻想と怪奇』の時代」……其々濃密な述懐。「売れなかった」(桂)「早すぎたのかも」(鏡)「時期が早かったとは思えなかった」(安田)等 感慨差が面白し。

 

さらに巻末特別収録として 伝説の同人誌『THE HORROR』(1964 恐怖文学セミナー編集発行 全4号)を全巻復刻。紀田順一郎の解説によれば 同人 恐怖文学セミナーはSRの会を母体とし 紀田 大伴昌司 島内三秀(=桂千穂)の3人から成る由。訳出する海外作品は本邦初紹介を旨とし J・P・ブレナン「裏庭」等 後年『幻想と怪奇』(同誌に10年近くも先立つことに驚き!)に再録された作もあり またジョージ・ウェイト「死刑の実験」等 他で読めない珍しい作家も。なお紀田が最大の掲載目標としたと思しい平井呈一の翻訳とエッセーは先般の『幽霊島』(創元推理文庫)にも収録済。 

幻想と怪奇 傑作選

幻想と怪奇 傑作選

 

 

 

ところで新生『幻想と怪奇』誌が愈々今月22日同版元より創刊予定。1号は「ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會」特集と銘打ち マッケン/ストーカー/ウェルズ/ディケンズ/コリンズ/レ・ファニュら大家を始めとする傑作満載 不肖弊ブログ子も随一怪(奇?)作にて末席に。請御贔屓!

http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-1761-7/ 

幻想と怪奇 1 ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會

幻想と怪奇 1 ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新紀元社
  • 発売日: 2020/02/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』

カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』(高沢治 訳 創元推理文庫 2019/6月刊)読。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488118464

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縁あって拝領の書。20世紀米国本格ミステリーの大家ジョン・ディクスン・カーの別名義による3作目/名探偵ヘンリ・メリヴェール卿シリーズ2作目に相当する長篇。〈白い僧院〉と呼ばれる屋敷で人気女優マーシャ・テイトが殺害され 現場を囲む積雪には発見者の足音のみ残り犯人の形跡なし。映画監督や俳優始め被害者を巡る関係者複数が容疑者候補となるも 状況の謎を崩せねば犯行実証できず。ロンドン警視庁マスターズ警部らの当局捜査難航の中 奇矯な探偵H・Mことメリヴェール卿は如何に真相を解き明かすか… 所謂〈雪の密室〉不可能犯罪パズラーの古典の名に恥じない精緻且つ大胆なトリックと 単に物理的面だけでない人間心理/行動の綾をも組み込んだ舞台造形の見事さ+更なる事件によって謎が深まったのち終盤に至って急激に氷解する展開の劇的さも鮮やか。「単純明快だが盲点をついていてやすやすとは見破れない──まさにトリックの理想型」(=森英俊解説より)。事件解決の立役者メリヴェール卿は容貌魁偉(怪異?)な上に性格も発言も極めて独善的でキャラクター面では必ずしも快からぬ人物だが 複雑な問題の解明叙述にはその独善性自体が大きく奏効(当然それゆえの人格設定とも)。──そうしたミステリー面での面白さに加え 個人的には〈映画女優〉という存在の妖しさが軸となる点に魅力感得(話題の某ハリウッド新作大作映画のモデルとなった女優と本作の被害者の姓が偶然同じなのも一抹の妙)。
創元推理文庫にはこれまで厚木淳訳で入っていたが 長らくの品切れ期ののち 本書帯にあるように今般〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉の第6弾として高沢治訳で企画された由。刊行後間もなく増刷出来とのことで慶賀。

他社版では『修道院殺人事件』の邦題で嘗てポケミスにあったようだが現在はなし。 

 

…というわけで 本書訳者 高沢氏による他のカーター・ディクスン/H・M物(全て創元推理文庫)もこの機に連続読(一部再読)。
『黒死荘の殺人』(2012)──南條竹則氏との共訳乍ら高沢氏の初登板となった作で 同文庫では初刊行となる(ハヤカワ文庫では『プレーグ・コートの殺人』の邦題で既訳あり)。ディクスン名義第2作/H・M初登場作。降霊会での密室殺人をテーマとし 怪奇趣味と秀抜なトリック&犯人の意外性とが相俟ち「カーの最高傑作と称しても過褒ではあるまい」(=戸川安宣解説より)。邦題は往年の平井呈一訳『黒死荘殺人事件』(講談社文庫)に因む模様。個人的には南條氏より恵贈され 当時初読。
『殺人者と恐喝者』(2014)──高沢氏初単独訳。同文庫 長谷川修二訳(1959)以来長年の雌伏(但し2004年原書房ヴィンテージ・ミステリ・シリーズで森英俊訳あり)を経ての新訳。こちらは降霊会ならぬ催眠術実演会での殺人を扱い これまた愕きに富む傑作。麻耶雄嵩解説。
『ユダの窓』(2015)──印象的なタイトルが有名な密室ミステリーであると同時に H・Mが本職(弁護士)の手腕魅せる法廷小説面も持つ力篇。これも意外や同文庫初刊。個人的にはマイケル・スレイド『髑髏島の惨劇』(2002)訳出の際ハヤカワ文庫版を参考に(但し現在新刊での入手可は創元版のみ)。巻末に瀬戸川猛資 鏡明 北村薫 齋藤嘉久 戸川安宣の5氏による座談会。
『貴婦人として死す』(2016)──崖からの男女墜死事件の謎。ある意味でのテキストトリック趣向を擁す異色篇にして隠れた秀作。同文庫初刊。山口雅也解説。
これらH・Mシリーズの秘めたる特徴として ケン・ブレークが語り手となる一人称(『黒死荘…』『ユダ…』)や狂言廻しのいる三人称(『白い僧院…』『殺人者…』)やその他(『貴婦人…』)があって叙述法が一律でない/またワトスン(orライバル)役マスターズ警部登場せずの場合もあり(『ユダ…』『貴婦人…』)等を今般認識。なお同文庫での同シリーズで現在新刊本入手可なのは他に『かくして殺人へ』(2017 白須清美訳)『九人と死で十人だ』(2018 駒月雅子訳)があり 共に他社版(新樹社&国書刊行会)からの文庫化(遺憾乍ら共に未読)。

 

因みに高沢氏は南條氏と同じく東大出身(1年年長)で 活字媒体での初翻訳は『季刊 幻想文学』誌初掲の南條氏との共訳によるフランシス・トムスン短篇「闇の桂冠」(国書刊行会版『英国怪談珠玉集』収録)と思しく 弊ブログ子はそれにより名前を知るのみだったが『黒死荘…』の頃に某パーティーで南條氏の紹介により面識を得。温厚人柄と達意訳術に敬服。また担当編集者が偶々J・T・ロジャーズ『赤い右手』(同文庫)と同じだったこともあり『白い僧院…』巻頭の事件現場略地図に『赤い…』での描法が踏襲されているのは秘かに嬉。 

 

白い僧院の殺人【新訳版】 (創元推理文庫)

白い僧院の殺人【新訳版】 (創元推理文庫)

 
黒死荘の殺人 (創元推理文庫)

黒死荘の殺人 (創元推理文庫)

 
殺人者と恐喝者 (創元推理文庫)

殺人者と恐喝者 (創元推理文庫)

 
ユダの窓 (創元推理文庫)

ユダの窓 (創元推理文庫)

 
貴婦人として死す (創元推理文庫)

貴婦人として死す (創元推理文庫)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エレン・ダトロウ編『ラヴクラフトの怪物たち 下』

エレン・ダトロウ編『ラヴクラフトの怪物たち 下』(植草昌実 訳 新紀元社 2019/12月刊)読。

http://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-1751-8/

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昨年9月刊行された『ラヴクラフトの怪物たち 上』の続巻。中短篇8作+詩2篇+「怪物便覧」の構成。上巻同様既成のCthulhu神話観に囚われない個性的作品群。

トマス・リゴッティ「愚宗門」…シュールな変異幻想譚。ラヴクラフトアウトサイダー」を彷彿させる静かな恐怖。
ケイトリン・R・キアナン「禁じられた愛に私たちは啼き、吠える」…グールと半魚人の禁断の恋。ブライアン・マクノートン「食屍姫メリフィリア」(『ラヴクラフトの遺産』所収)に通じそうな愛すべき悲劇。
ハワード・ウォルドロップ&スティーヴン・アトリ―「昏い世界を極から極へ」…フランケンシュタインの怪物が地球全域で冒険する破天荒な物語。スケールの大きさ&想像力の飛躍随一。
ティーヴ・ラスニック・テム「クロスロード・モーテルにて」…血と砂のイメージによるアポカリプス的光景。
カール・エドワード・ワグナー「また語りあうために」…ホラー作家たちに絡む謎の〈黄色い影〉。作者自身の関わる実世界パロディの感。
ジョー・R・ランズデール「血の色の影」…異形のハードボイルド。常にジャンルの別を問わない迫力の作劇健在。
ニック・ママタス「語り得ぬものについて語るとき我々の語ること」…既成Cthulhu系怪物の名(ショゴス)が明快に登場する貴重作。
ジョン・ランガン「牙の子ら」…祖父が孫に語る秘密の過去。怪しい冷凍庫が効果的な集中最長の力篇。
他にジェマ・ファイルズの詩「塩の壺」「腸卜(ちょうぼく)」。

編者ダトロウによると思しい「怪物便覧」は所謂邪神とその眷属を独自視点で解説し且つ上下巻通じ各作の関連怪物を挙げている点が有難し(作中では明示されない場合が多いため)。また「寄稿者紹介」も編者によるようだが訳者による補足もあり有益。
菊地秀行による「解説──かくも多き邪神」は本書(上下巻通じ)の意義を考える上で極めて示唆的。「作家が個性的であればあるほど、扱うテーマや素材がその個性に馴染んでいくのは当然で、逆の場合はあり得ない」として編者の方向性に理解を示す一方で「我々は常に、偉大なる始祖の掌で遊んでいる子供にすぎぬのだ」と結んで始祖ラヴクラフトの忘れ難さを強調する平衡感覚は流石。
植草昌実の「訳者あとがき」はこれら新感覚の作品群を〈ラヴクラフティアン・フィクション〉と紹介し既成Cthulhu神話概念に寄りかからない訳し方の宣言も頼もしい。個人的には所謂翻訳調を脱し切った読み易く流麗な訳文に脱帽。 

ラヴクラフトの怪物たち 下

ラヴクラフトの怪物たち 下

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新紀元社
  • 発売日: 2019/12/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
ラヴクラフトの怪物たち 上

ラヴクラフトの怪物たち 上

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新紀元社
  • 発売日: 2019/08/31
  • メディア: 単行本
 
ラヴクラフトの怪物たち ライトノベル 1-2巻セット

ラヴクラフトの怪物たち ライトノベル 1-2巻セット

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』

スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』(三角和代 訳 文藝春秋 2019/8月刊) Kindle版 読。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163910482 

イヴリン嬢は七回殺される

イヴリン嬢は七回殺される

 
イヴリン嬢は七回殺される (文春e-book)

イヴリン嬢は七回殺される (文春e-book)

 

森に囲まれた館・曰くありげな名家一族・仮面舞踏会・狙われる令嬢・タイムループ・人格転移…と 宛ら近年の国内若手本格ミステリ作家を思わせる特殊設定の坩堝感横溢。錯綜する展開があまりに複雑で 論理を納得しつつ追うのは前半途中で早くも断念せざるを得ず(鈍い頭がついていけずorz)。が読み進むうちに最大の眼目は寧ろ理屈を超えた眩惑性・酩酊感にこそありそうと得心。英国作家によるお屋敷舞台小説乍ら 悠長な衒学披歴や趣味談義に陥ったりすることなく 常に緊迫を孕ませる筆運びは 理解行き届かずも決して退屈を招かず好感。頭の切れ過ぎる名探偵が偉そうに裁くわけでないのも佳点。訳者あとがきで触れられているように 映画『インセプション』にも通じる時間世界への目くるめく冒険行 あるいは『不思議の国のアリス』的不条理への墜落感が 軈てはある種の陶酔にまで高まるかと思わせつつ その果てに ミステリ的な考え抜かれた意外性が待ち受けており感嘆(当然意外であろうとは予期し推測試みていたが その裏をかかれ)。

これだけの難解な筋立てを理路整然とした日本語に移した腐心が偲ばれるが 加うるに…──人格移動が頻繁に起こる物語と雖も原語では勿論一人称の自称は全て「I」に相違なく また言葉遣いも各人それほど大きな落差はなかろうが それらを邦文では言うまでもなく性別・年齢・社会的立場等によって表記に変化を持たせねばならないわけで ある意味原文以上の工夫が必要だった筈であり その点でも訳者の労が思いやられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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H・P・ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて』森瀬繚 訳

H・P・ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて 新訳クトゥルー神話コレクション4』(森瀬繚 訳 2019/9月刊 星海社FICTIONS) 読。

 http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000323111

北極星(ポラリス)」から「未知なるカダスを夢に求めて」に到る 地球の夢の深層に広がる異世界〈幻夢境〉が舞台の幻想譚と ラヴクラフトの分身とも言える〈夢見人〉ランドルフ・カーターが夢と現にまたがる脅威に直面する「ランドルフ・カーターの供述」以下の作品群を完全に網羅した 実に17篇を収録。永劫の探求を果てに 夢見人の眼前で今〈窮極の門〉が開く――!】 

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『クトゥルーの呼び声』『『ネクロノミコン』の物語』『這い寄る混沌 に続く叢書第4集。収録作は ダンセイニ卿の影響下に書かれた(※「北極星」を例外として)幻夢境関連短篇作群──「白い船」「サルナスに到る運命」「恐ろしい老人」「ウルタールの猫」「セレファイス」「永劫より」「イラノンの探求」「蕃神」「霧の高みの奇妙な家」──および 詩「夢見人へ。」「忘却より」断章「アザトース」(=構想長篇冒頭部) 並びにランドルフ・カーター登場作「ランドルフ・カーターの供述」「名状しがたいもの」「銀の鍵」と それらの集大成的長篇「未知なるカダスを夢に求めて」&中篇「銀の鍵の門を抜けて」(=知己作家プライスとの共作)+プライス単独作「幻影の君主」…の陣容。HPLのファンタジー作家面の全景を一望でき クトゥルー神話面でも重要語の初出作多し(ナコト写本=「北極星」キングスポート=「恐ろしい老人」フサンの謎の七書=「蕃神」夜鬼=「未知なる…」ノーデンス=「霧の…」等々)。巻末の「幻影の君主」は「銀の鍵」に触発されたプライスの筆になる作で 本邦初訳と思しい。HPLは手厳しく批評しつつ「銀の鍵の門を抜けて」へと改作した由で 比較するとたしかに物語としての豊かさは格段増強の感。(なお わが国では通例ホフマン・プライスと略称されるが 本書では正式名エドガー・ホフマン・トルーパー・プライスで通している)

個人的最関心は ブライアン・ラムレイタイタス・クロウ・サーガ》との関連で とくに同サーガ第3長篇『幻夢の時計』は幻夢境(※同作邦訳では〈地球の夢の国〉)を舞台としてランドルフ・カーター/クラネス/アタル等々の人物を借用登場させているだけに 本書収録諸作とは抜き差しならない深い関係にある。サーガ全般においても 例えばクロウの盟友アンリ=ローラン・ド・マリニーは「銀の鍵の門を抜けて」に登場する神秘家エティエンヌ=ローラン・ド・マリニーの子息設定でラムレイが創作した人物であり そのアンリがのちに武器とする時空往還機は 棺型の謎めいた時計として同作で初出し重要な役割を果たしている。またラムレイにはヒーロー&エルディンのコンビを主人公とする《ドリームランド3部作》もあり(※同コンビはクロウ・サーガ最終巻『旧神郷エリシア』にも登場)そちらは終始幻夢境をテーマとしており HPLのこの側面からの並々ならない強い感化を窺わせる。因みに同3部作は本叢書と同じ森瀬繚 訳により青心社より刊行予定と仄聞。
本書も前3巻の例にたがわず 訳注/解説/地図/年表/索引 等の充実度&凝り度は類書を圧倒し とくに今回は中山将平 画による〈幻夢境の外部世界(アウターワールド)〉のカラー地図が特筆物(※幻夢境は地下にも広大な空間を擁するため 地上界を敢えて外部と呼ぶ模様)。各作邦題や重要語の訳語選択も相変らず細心。目を惹いた例を挙げれば 幻夢境に棲む芋虫型種族ドール族(Dholes)は正しくはボール族(Bholes)であるとしてそちらの表記を用いている。既に前者で人口に膾炙しているため クトゥルー神話全般での改正は困難だろうが(ラムレイも前者採用) 鼻祖HPLによる謂わば聖典(カノン)の新訳紹介としては意義あるものと。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『ネクロスコープ』Amazon評にanz862氏見参!

ブライアン・ラムレイ『ネクロスコープ』にZEPHYROS氏以来久々にAmazon評! 

 

待望の評者はanz862氏!

以下サワリ…

上巻《死者にまつわる能力者たちの戦いの序曲》【 タイタス・クロウ・サーガの頃から良くも悪しくもその奇想天外な発想に目を引かれていたが、このシリーズでまたしても同様かそれ以上に心が沸き立った。】…このあと ハリー・ポッター・シリーズとの比較等もあり…

下巻《強大な超常能力者同士の戦いとその結末》【 恵まれすぎに見える主人公ハリーに対する感情移入が少なからず減じたことは否めず、クライマックスに向けての高揚感にわずかながらブレーキがかかる感覚を覚えてしまった。】…と注文をつけつつも…

最終決戦は派手な超常能力も発揮され、スリリングで読みごたえのあるものだった。】…と絶讃 上下共★★★★★! 感激深謝!

 

 

因みにanz862氏は『クトゥルフ神話掌編集2016』に「揺籃の繭」を寄稿。またリレー創作クトゥルフ神話『A Last New Year』↓ …

https://note.mu/zephyros/n/n0e63273a08d3

https://note.mu/nue4381/n/n1b78d1390b70

…の第3回 執筆予定 期待高し!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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